位置情報の先で

「位置情報は、必要な人にだけ送って」

山吹朝香は、防犯意識の高い瀬川直生から何度も注意されていた。友人グループへ現在地を共有し、迎えを頼む朝香の癖が心配らしい。けれど直生自身は「必要な人」に入ろうとしない。朝香が終電を逃した日も、熱を出した日も、頼まれれば来るのに、翌朝には必ず《友人として当然》と距離を戻した。

深夜の高速バスが運休し、朝香は知らないサービスエリアで降ろされた。タクシーは来ず、売店も閉まっている。友人へ送るつもりで、位置情報と一緒に入力した。

《迎えに来て》

《こういうとき、直生がいてくれたらって最初に思うの、そろそろやめたい》

送信先は直生だった。

すぐ電話が鳴る。

『そこから動かないで』

声だけで切れた。車で二時間近くかかる場所だ。朝香は断るメッセージを送ったが、既読だけがつき、返信はない。

自動販売機の明かりだけが残る駐車場で、朝香は彼の車種を思い出してはヘッドライトのたび顔を上げた。午前二時、駐車場へ一台の車が入ってきた。直生は眠そうな顔も見せず、朝香へ上着をかける。助手席のドアを開けたあと、彼女のスマホを受け取った。

地図アプリの共有相手一覧から、友人グループを外す。代わりに自分との常時共有を設定し、朝香にも同じ設定を返した。

「必要なときだけでいいよ」

「必要じゃないときも、どこにいるか知りたい」

朝香が黙ると、直生は車へ乗せるために差し出した手を引っ込めかける。朝香はその手を追い、指を絡めた。直生の掌は運転で冷えていたが、朝香が握るとすぐに温度を返した。運転席と助手席へ分かれても、コンソールの上でしばらく離さない。

帰り道、直生は次の土曜の目的地をナビへ登録した。朝香が行きたがっていた湖畔のカフェ。出発地点は二人の家の中間ではなく、朝香の玄関前になっている。

「また迎えに来るの?」

「今度は間違えて送らなくても」

位置情報は必要な人にだけ送る。

あの夜から直生は、困ったときだけ呼ぶ人ではなく、次の行き先を最初に共有する人になった。