低評価で完成する歌
天羽モモの遺作は、低評価を押すたび最後の歌詞が一文字ずつ増えた。
匿名アカウント〈BLACKBOX〉の黒瀬一成は、午前零時の公開と同時に動画を開いた。モモを嘲笑する切り抜きを拡散し、再生数を稼いできたのが彼だった。
イントロの下に、十二個の空欄が並んでいる。
〈最後の歌詞を見るにはボタンを押してみて〉
一成は笑った。生前のモモへも、同じように数字を押させた。低評価が増える画面を送りつけ、「押してみて。もっと落ちるから」と煽った。
曲は軽い電子音で始まり、Aメロでは通知音がスネアの代わりに鳴る。一成が低評価を一度押すと、空欄の最初に〈せ〉が入った。二度目で〈な〉。面白くなり、別アカウントへ切り替えて押す。
〈せなかをおした〉
九文字まで出たところで、一成の喉が乾いた。
モモが最後に配信した夜、彼は橋の欄干に立つ彼女へコメントを送った。
〈本気なら、誰かに背中を押してもらえ〉
冗談のつもりだった。画面越しだから罪にはならないと思った。一成は十二のアカウントを使い分け、別人同士が同意しているように見せた。通知が増えるたび、モモの顔より数字を見た。誰かを沈める指の動きが、自分の存在を持ち上げてくれる気がした。
サビが爆発し、モモの合成声が無数の罵声を音程へ変えて歌う。一成は止めようとしたが、押したアカウントが自動で切り替わり、残りの文字が埋まっていく。
〈せなかをおしたのはあなた〉
音声には歌われない。存在するのは画面の文字だけだ。直後、十二のアカウント名とログイン履歴が公開される。すべて一成の端末、すべて同じ通信元。モモは生前、嫌がらせの記録を曲の公開システムへ預けていた。
最後の通知が届く。警察からの任意同行ではない。配信中の教唆を記録した令状の提示だった。
「押してみて」
捜査員が再生画面を一成の前へ向ける。
その言葉はもう、低評価ボタンを押す遊びではなかった。
彼が画面の向こうから押した背中を、自分の指で認めるための再生だった。