何もしない時間の貯金箱

未来雑貨店の貯金箱は、待ち時間を入れられた。

電車を待つ七分。

病院の会計を待つ十五分。

湯が沸くまでの三分。

硬貨の代わりに蓋を開けると、その時間が消え、数字として貯まった。

父親は喜んだ。

無駄な時間を集め、仕事へ使った。

一時間貯めれば、家族が眠ったあとに一時間だけ世界を止め、資料を作れた。

待たなくて済む毎日は快適だった。

駅へ着くと同時に電車が来る。

電子レンジは一瞬で終わる。

子どもの習い事の迎えでも、終わる時刻まで車内で待つ時間が消えた。

ただし貯金した時間は、次に同じ種類の待ち時間が訪れたときも自動で消えた。

ある夕方、父親は駅のホームへ行った。

離れて暮らす娘が、久しぶりに帰省する日だった。

電車到着まで十二分。

子どもの頃、娘とホームでしりとりをしたことを思い出しながら待とうとした。

貯金箱が鞄の中で鳴った。

次の瞬間、電車は到着していた。

人々が降り、扉が閉まる。

娘の姿はない。

電話すると、娘は一つ前の車両から降り、ホームの端で父親を探していた。

二人の間の十二分が消えたせいで、父親は迎える瞬間を飛び越えてしまった。

「着いたとき、いなかったね」

娘は笑った。

父親は謝り、貯金箱のことを話した。

娘は鞄から古い紙を出した。

幼い頃、駅で父親としたしりとりを書いたメモだった。

待ち時間が退屈で始め、電車が来ても終わらなかった。

娘はその続きを、帰省中にしたかったという。

父親は貯金箱を逆さにした。

中には二十六時間も貯まっていた。

戻す方法はない。

使えば仕事が進む。

捨てれば、消した待ち時間はただ失われる。

父親は箱を閉じ、もう蓋を開けなかった。

帰りの電車まで、娘と駅のベンチに座った。

四十分も早く着いてしまい、することがない。

二人でしりとりを始めた。

途中で会話は仕事や家族の話へ逸れ、何度も止まった。

止まるたび、ホームの音を聞いた。

電車が来ると、娘は言った。

「待つの、そんなに無駄じゃないでしょう」

父親はうなずいた。

貯金箱は家の棚にある。

数字は二十六時間のまま。

いつか本当に必要なとき使うかもしれない。

けれど湯が沸く三分も、迎えを待つ十二分も、もう貯めない。

何もしない時間には、まだ起きていない会話が座る席がある。

効率よく消したあとでは、取り戻せない種類の余白だった。