余った時間の乾かし方
待ち合わせの中止を知らせるメッセージは、冬実が駅へ着いたあとに届いた。
「ごめん、今日は無理そう」
理由は書いてあった。仕事が長引いたこと。埋め合わせをしたいこと。来週なら空いていること。悪意はどこにもない。責める言葉を探せば、自分のほうが意地悪になる程度の中止だった。それでも、雨の駅前で一人ぶんの傘を開いた瞬間、今夜だけが余ったように感じた。
帰宅して、着ていたワンピースを洗濯籠へ入れた。
一度も座っていないのに、裾には雨の跳ねた跡がある。洗うほどではない。けれど部屋に置いておくと、出かける予定だった形のまま残りそうで、冬実はコインランドリーへ持ってきた。
午前零時四十分。
蛍光灯は白く、乾燥機は低く回る。空調の風が濡れた前髪を冷やす。外の雨はガラスへ斜めの線を引き、車のライトが通るたび銀色に光った。
ワンピースは丸い窓の中で、黒い鳥のように持ち上がっては落ちた。袖が一瞬翼になり、すぐ裾へ巻き込まれる。着ていたときより自由そうで、少しだけ腹が立った。
向かいの乾燥機にも客が一人いた。
顔はドラムのガラスへ反射して見えるだけだった。冬実の顔と重なり、回転する衣類に切られ、すぐ離れる。相手もこちらを見ているのか、自分の洗濯物だけを見ているのか分からない。
二人の間に会話はない。
ごう、ごう、と機械。
ざあ、ざあ、と雨。
ときどき金具が当たり、乾いた音がする。
相手の機械が先に止まった。
反射の顔が立ち上がり、実際の背中になった。籠へタオルを入れ、床に落ちた一枚を拾い、扉を閉める。外へ出るとき、風で自動ドアが少し長く開き、雨の匂いが店内を通った。
冬実の顔だけがガラスへ残った。
メッセージを開き直す。返信欄に「大丈夫」と打ち、消した。今すぐ大丈夫だと証明しなくても、明日返せばいい。
乾燥が終わる。
ワンピースの裾から雨の跡は消えていた。冬実は畳まず、腕へ掛けた。
外ではまだ雨が降っている。今夜の予定は戻らないし、代わりの誰かも現れない。
それでも、余ったと思っていた時間は、温かい布を一枚乾かすぶんだけ自分のものだった。
冬実は傘を開き、急がず家へ帰った。