作りすぎたポトフ

 櫛形史琴の隣室には、毎週日曜になるとポトフが届いた。

 陶器の鍋を抱えた老婦人が、

「また作りすぎたの」

 と言う。

 一人暮らしなのに、毎回じゃが芋四個、玉葱二個、太いソーセージが六本も入っている。

 史琴は離婚して、今のアパートへ越したばかりだった。

 夕飯はコンビニで済ませ、鍋も一人用しかない。

 最初は遠慮したが、老婦人は「捨てる方がもったいない」と押しつける。

 史琴は分かっていた。老婦人は最初から二人分を作っている。

 それでも毎週、

「こんなに余ったんですか」

「分量を忘れてね」

 と同じ芝居をした。

 ポトフは、週ごとに少し違った。

 蕪の日、キャベツの日、粒マスタードが強い日。

 鍋の蓋を開けると、野菜とローリエの温かな香りが部屋へ広がり、日曜の夜だけ台所が使われている家の匂いになった。

 史琴も何か返したかった。

 けれど料理は苦手だ。

 ある土曜、パンを焼いてみた。市販の生地を丸めただけなのに、一つが大きく膨らみ、隣とくっついた。

 史琴はそれを紙袋へ入れ、老婦人の部屋へ持っていった。

「膨らみすぎました」

「一人で焼いたのに?」

「分量を忘れて」

 老婦人は目を細めた。

 翌日から、ポトフは鍋ごとではなく、老婦人の部屋で一緒に食べるようになった。

 史琴がパンを持ち、老婦人が鍋を用意する。

 テレビはつけず、窓辺の小さな卓へ座る。

「最近、眠れてる?」

 老婦人は直接訊かない。

「パン、今日は焦げてないね」

 代わりにそう言う。

 史琴も離婚の話はせず、

「今週の蕪、甘いですね」

 と答えた。

 春になり、史琴は少し大きな鍋を買った。

 日曜、初めて自分でポトフを作り、老婦人の部屋へ運んだ。

「作りすぎました」

「どれくらい?」

「二人で食べ切れるくらい」

「それは作りすぎとは言わないね」

 二人はついに嘘を認め、笑った。

 鍋には新じゃがと春キャベツ、白い豆が入っている。

 湯気へ粒胡椒とセロリの香りが混じり、窓の外では夕立のあとの雫が光った。

 作りすぎたふりをしなくても、もう日曜には同じ卓へ座れる。

 それでも二人は、ときどき余ったと言って皿を交換した。

 優しい嘘には賞味期限がなく、野菜が柔らかく煮えるまで、隣り合う部屋を温かくつないでいた。