候補者を送らなかった日

鷺沢睦美の半期評価は、紹介人数の少なさだけで決まろうとしていた。

転職エージェントへ入って九か月。担当企業への推薦数も採用数も、同期で最下位だった。

「条件に合う人を、まず送る。それから企業が選ぶ。あなたは入口で止めすぎる」

面談相手のマネージャーは、その日推薦しなかった一人の履歴書を開いた。開発経験六年。技術条件はすべて満たしている二十九歳の女性だった。候補者は面談で、保守ばかりだった現職から設計へ進みたいと話し、その企業の製品を自分で分解して学んだ資料まで送っていた。

企業から届いた求人票の表面には、年齢も性別も書かれていない。だが担当者用の備考欄には、〈既婚者は出産予定を確認〉〈長期就業に不安があれば除外〉とある。午前の打ち合わせで、先方は睦美に「女性は三十歳まで」と口頭でも念を押した。推薦数を増やすだけなら、条件を本人に知らせず、通りそうな人だけ送るのが最も早かった。

睦美は候補者へ、その質問をすることも、黙って落とすこともできなかった。だから推薦を止め、企業へ条件の削除を求めた。返事は「他社は対応している」だった。

「顧客の希望を正すのは、あなたの仕事じゃない」

マネージャーが言うと、睦美は共有画面に面談記録を出した。録音の時刻、備考欄の更新者、削除を求めたメール。後輩には同じ企業の案件を触らず、質問が来たら自分へ回すよう伝えてある。拒否の責任を、入社三か月の後輩へ分散させないためだった。候補者には、推薦保留の理由を曖昧にせず伝えた。

「候補者を商品として送るのも、私の仕事ではありません」

「感情で判断するなら、この仕事は向かないよ」

睦美は、机の下で何度も開きかけた退職届を表示した。退職理由には〈成績不振〉ではなく、差別的条件を拒否した経緯を書く。証拠一式を社内コンプライアンス窓口にも添付した。

推薦ボタンを押さなかった一日を、失敗として終わらせない。その代わりに睦美は、〈退職届を送信〉を押した。