値札のない着物

絹川梓乃は、祖母・妙の介護をしながら百枚を超える着物を虫干しした。妙は元染色家で、一枚ごとに布の来歴を語った。叔母の志麻は聞き流し、「死んだら全部売ればマンションが買える」と値踏みだけした。

妙が亡くれた夜、志麻は貸金業者を連れてきた。

「この友禅は一枚五百万円。相続分を待つより、担保にして先に借りるの」

梓乃が財産目録の完成を待つよう言っても、志麻は箪笥ごと運び出した。鑑定書らしい紙を自分で作り、着物二十枚を担保に三千万円を借りる。金は投資の損失穴埋めに使った。

四十九日後、正式な鑑定会が開かれた。志麻は残りの着物も高値で売るつもりで、テレビ取材まで呼んだ。

老鑑定士は一枚目を広げ、裏地の端を見た。

「こちらは展示用の再現品です」

二枚目も、三枚目も同じだった。妙は十年前、代表作を染色文化財団へ売却し、売却益を介護と工房維持に充てていた。自宅に残したのは、退色実験や弟子の練習用に作った精巧な再現品。値札がなかったのは高価だからではなく、販売する品ではなかったからだ。

志麻は鑑定士へ詰め寄った。

「祖母の作品なのよ。偽物のはずがない!」

「再現品も妙先生の指導で作られています。ただし市場価格は、担保評価の百分の一にも届きません」

貸金業者の顔から笑みが消えた。志麻の申告した鑑定人は存在せず、提出した鑑定書の印章も偽造だった。契約の期限の利益は失われ、三千万円の一括返済を求められる。

遺言執行者は、財団へ作品を売った代金の残額と工房の土地が、介護と技術保存を担った梓乃へ遺贈されると告げた。志麻には法定分を考慮した現金が用意されていたが、その額は担保借入の半分にも満たない。

「梓乃、あんたが本物を財団から買い戻せば、担保にできるでしょう」

梓乃は祖母の形見として選んだ、染みのある作業着を畳んだ。

「祖母は作品を守るために売りました。あなたの嘘を守るためには買いません」

貸金業者が担保箱を閉じ、志麻へ返済期限を告げる。

「値札のなかった着物に、あなたが三千万円という嘘の値札を付けた。その全額が、今からあなた自身の値段です」