値札一枚で奴隷市場を閉める
イレーネの首には、金貨二十枚の値札が下がっていた。
父の借金を捏造され、裁判もなく奴隷市場へ送られたのだ。競売台の下には同じ首輪をつけた人々が並び、商人グスタフは「所有権は正式だ」と契約書を振っている。
「次、読み書きのできる女。開始は二十枚!」
買い手の札が上がる。
その瞬間、イレーネの視界に《被支配職・初回十連》という悪趣味な表示が開いた。選べる自由は、まだ自分の指に残っている。
彼女は一度だけ回した。
粗末な靴、木杯、毛布など九品。最後に、小さな赤い値札が一枚現れる。
《適正価格札/説明:貼ったものの正しい所有者と価格を表示します》
イレーネは迷わず、自分の首輪へ貼った。
赤札の文字が書き換わる。
『所有者:イレーネ本人。価格:値付け不能』
ぱきん、と首輪が割れた。
市場じゅうで同じ音が続く。競売台の下、檻の中、裏口へ運ばれかけていた者まで、すべての首輪へ赤い文字が複写されたのだ。
『所有者:本人。価格:値付け不能』
グスタフが契約書を掲げる。だが紙面にも札が浮かび、『所有者:被害者各人』『契約価値:無効』『返還額:金貨一万二千枚』と表示された。
さらに金庫の扉が開き、奪われた金貨と身分証が持ち主の前へ滑っていく。
「衛兵! こいつらを押さえろ!」
グスタフが叫んだが、衛兵隊長は自分の妹の身分証を拾い上げていた。剣が向いた先は、競売台だった。
イレーネは買い手席を見渡す。
「本日の競売は終了です。二度と開きません」
誰かが市場の看板を引き倒した。
解放された人々は買い手へ襲いかからなかった。互いの首輪を拾い、証拠として一か所へ積み上げた。読み書きのできる者は名前を記録し、力のある者は出口を守り、子どもを先に外へ出す。イレーネが命じたわけではない。自分の持ち主が自分へ戻った途端、誰もが次にすべきことを自分で選べた。
市場を出た人々は散り散りに逃げず、証拠の首輪を荷車へ積んで裁判所へ向かった。先頭を歩くイレーネの首には、もう札も鎖もない。彼女は自分の名前だけを名乗り、職業も値段も聞かれない列を初めて歩いた。
《唯一級〈人に値札をつけない札〉――世界初取得》