公爵令嬢の逃げ道は厨房から
公爵令嬢フロリアは、領地の借金を帳消しにする条件で徴税卿と結婚することになった。婚礼菓子まで自分で焼けば民への誠意になると言われ、彼女は夜通し巨大な砂糖塔を作った。
だが披露宴直前、塔は中央から崩れた。政務も菓子作りも失敗した。厨房で働いていた三人も、もう呆れて帰っただろう。幼い頃から、役に立たない娘は席を外されるのが常だった。茶会でカップを割っただけでも、家族写真から一人だけ外されたことがある。崩れた砂糖塔を見た瞬間、今回も同じように厨房から追い出されると覚悟した。
徴税卿が「失敗作ごと嫁にもらおう」と笑ったとき、料理人サージュがオーブンの鍵をフロリアの掌へ置いた。
「西通りの店、共同名義にした。焦がした分もあなたの窯だ」
給仕長ノノは披露宴の主賓席から豪華な椅子を引き抜き、厨房の木卓の隣へ運んだ。
「ここが空いてます。ドレスのまま粉まみれになっても構いません」
裏門では粉屋リュカが配達馬車を止め、荷台いっぱいの小麦袋を降ろさず待っていた。
「借金分より多い粉を積んだ。店へ運ぶか、逃げるか、両方でもいい」
徴税卿が衛兵を呼ぶ。フロリアは崩れた砂糖塔へ目を落とした。すると塔の芯から徴税帳簿が現れる。サージュたちが隠したのではない。徴税卿が証拠を処分するため、菓子の支柱へ詰めていたのだ。熱で蝋が溶け、帳簿の偽造印がくっきり浮かんでいる。
借金は不正な重税によるもの。婚姻契約はその場で止められた。
それでもフロリアは厨房の席へ行けなかった。砂糖塔を崩したのは自分の配合ミスだ。店を始めても失敗し、三人の生活まで壊すかもしれない。
「また、膨らまないかもしれない」
サージュは鍵を取り返さない。ノノは木椅子を磨き始め、リュカは馬車の車輪へ楔を打った。
「その日は平たい菓子として売ります」とノノ。
フロリアは婚礼用の手袋を外し、粉のついた木卓へ置いた。窯、隣の席、動かない馬車。公爵邸以外にも三つの帰る場所があり、どれも完璧な菓子を入場料にしていなかった。