写本から消えた命令

写本師トウリは、配布された討伐詠唱から末尾の文を削った。

「勝手に術式を欠けさせたな」

宮廷術師マグナスは激怒した。戦果盤に示されたトウリの仮寄与率は0%。筆しか持たない者が戦術へ口を出すなと、彼を隊列の外へ追いやった。

討伐対象は、封印塔に眠る契約魔神。古文書どおりの詠唱を全員で唱えれば、魔神の力を奪えるはずだった。

塔の頂で、術師たちがトウリの写本を開く。

「最後がない!」

「そのまま唱えてください」

時間はなかった。魔神が鎖を引きちぎり、炎の腕を伸ばす。術師たちは欠けた詠唱を唱えた。

光の鎖が魔神へ巻きつく。末尾がないため完成しないはずの術式は、逆に強く締まった。

マグナスだけは原本を覚えていた。彼が消された文を叫ぶ。

その瞬間、光の鎖がわずかにほどけ、魔神の腕へ力が戻った。

トウリはインク瓶を投げつけ、術師の口を黒く染めた。

「その文は封印の完成文ではありません。命令権の譲渡文です」

古文書を書いたのは人間ではなく、契約魔神自身。最後まで唱えた者は、奪った力ごと魔神へ従属する。トウリは古い筆圧の違いから、末尾だけ後世に加えられた偽文だと見抜いていた。

術師たちは欠けたまま詠唱を繰り返す。命令権を渡されない魔神は力だけを吸われ、鎖の中で小さくなった。最後はトウリのインク瓶ほどの黒い石になった。

帰還後、マグナスは「不完全な術式を魔力で補った」と申告し、写本の改変を処罰するよう求めた。

戦果盤は原本と写本を照合した。末尾を唱えた瞬間だけ魔神の力が増し、削除された写本を使った全員が封印を維持している。

トウリは黒い石の隣へ、削った紙片を置いた。

紙片が触れただけで石が脈打ち、マグナスは後ずさった。

術師たちは原本を閉じ、トウリの欠けた写本を胸へ抱えた。書かれていることより、誰が書き足したかを疑える者に命を預けると決めたのだ。マグナスの金筆は監査箱へ封じられ、黒い石より先に鍵を掛けられた。

【再算定完了】

【トウリ・討伐寄与率:0% → 99%】

【隊内順位:最下位 → 首位】

【役職更新:写本師 → 禁呪監査官】