写真の外にある椅子
集合写真を撮るときは、人数より一脚多く椅子を用意する。
余分な椅子は画角の外へ置き、次の撮影までにその集団からいなくなる者が、シャッターの後で座る。本人が分からない場合、撮影者が選ぶ。ただし名前を告げてはいけない。誰も座らなければ椅子が写真へ入り、代わりに一人が画像から消える。
左近充は、以前働いていた会社の創立十周年写真を頼まれた。
今はフリーのカメラマンだが、五年前までは創業メンバーだった。受付の若い社員は彼を外注業者用の名札で呼び、撮影機材を運ぶのを手伝おうとした。左近充が設計したロゴを胸につけながら、誰も彼の顔を知らなかった。資金が尽きた年、給与を止められ、最初に抜けた。会社の沿革から彼の名前は消え、オフィスに残した椅子だけが受付で使われている。
撮影対象は役員五人と社員二十三人。広報担当は「創業者全員がそろう貴重な日です」と言った。左近充を人数には入れなかった。
画角の外へ、黒い椅子が一脚置かれた。受付にあった、左近充の古い椅子だった。右の肘掛けに、徹夜で刻んだ小さな傷がある。
社員たちは肩を寄せ、会社のロゴを背に笑った。左近充はタイマーではなく、手でシャッターを切った。撮影者は写真へ入らない。それが仕事だ。
撮影後、誰も黒い椅子へ近づかなかった。来月退職する者がいることを皆知っているはずだが、互いに目を合わせない。規則では、撮影者が選ばなければならない。
左近充は一人ずつ顔を見た。かつて自分の机を使っている若手、名前を消した社長、途中入社で何も知らない人々。選べなかった。
黒い椅子が三脚の後ろへ自分で移動した。
左近充は理解し、シャッターの後でそこへ座った。広報担当は「お疲れさまでした」とだけ言った。
帰宅して画像を開くと、二十八人全員が写っていた。誰も消えていない。ただ、背後のガラス壁に映るはずの撮影者だけが、どの写真にもいなかった。
機材袋を開くと、カメラのリモコンが消えていた。翌日、会社から届いた完成写真の端に、画角外の黒い椅子が数ミリだけ写り込んでいた。座面にはそのリモコンがあり、赤いシャッターボタンだけが、押されたまま戻っていなかった。