冬のコピー機と灰色の猫

 区役所の戸籍係で働く雪村耕平は、毎日たくさんの人生を紙に写した。

 生まれた人、結婚した人、住所を移した人。窓口では間違いが許されず、閉庁後も申請書の束を一枚ずつ確認する。自分の一日は、どの用紙にも残らなかった。

 十二月の夕方、資料室のコピー機が妙な音を立てた。

「紙詰まりですか」

 後輩と覗くと、機械の裏から灰色の猫が出てきた。排気口の温かさを求めて入り込んだらしく、背中に細かな紙屑をつけている。

 庁舎では飼えない。保健所と保護団体へ連絡がつくまで、最も近くに住む耕平が預かることになった。

「君も転入届が必要だな」

 猫はキャリーの中で、低く不満を述べた。

 仮の名前は「コピー」にした。

 コピーは、耕平の動作をよく見ていた。

 彼がコートを脱げば毛づくろいを始め、食卓へ座れば器の前へ行く。耕平がソファで大きく伸びると、隣で前足を伸ばした。

「真似してるのか」

 もちろん偶然だ。それでも、一人きりの癖が誰かに見られているのは妙な気分だった。

 困ったのは、残業を持ち帰った夜だった。

 耕平が申請書の写しを机へ並べると、コピーは一番上へ腹をつけた。

「個人情報だから退いて」

 抱き上げても戻る。別の紙へ移しても、その中央へ座る。

 耕平は諦め、仕事を鞄へ戻した。

 するとコピーは満足したように、今度は彼の膝へ乗った。

 テレビもつけず、二人で暖房の音を聞いた。

 猫の重みは書類一束より軽いのに、簡単には動かせない。耕平は背を撫でながら、自分が今日、昼食を食べ忘れたことを思い出した。

 台所で餅を焼き、即席の汁粉へ入れた。小豆の甘い湯気が上がる。コピーにはぬるま湯を用意した。

 食べ終えると、指先まで熱が戻った。

「本日はこれで閉庁」

 耕平が宣言すると、コピーは喉を鳴らした。

 飼い主は見つからず、年明けに正式な同居が決まった。

 転入届は出せなかったが、動物病院の登録票には、耕平の住所とコピーの名前が並んだ。

 冬の夜、コピーは複合機ではなく、耕平の布団の足元で丸くなる。新しい紙の乾いた匂いを持ち帰った上着と、小豆の甘い香りと、猫の温かな息。

 どこにも提出しない一日が、そこには確かに残っていた。