凍った聖水の最後の術

水鏡夜会で、聖女オリアーヌが祝福の杯へ指を入れた瞬間、白い氷が腕まで駆け上がった。

 氷はすぐ砕かれたが、彼女の肌には凍傷が残る。聖水を運んだのは、水路管理を担うセレス家のマルグリットだった。

「彼女が聖水へ氷呪を混ぜました」

 王弟クロードは凍った杯を掲げ、広間へ宣言する。

「聖女を害し、儀式を汚した罪により、マルグリットとの婚約を破棄する」

 マルグリットは冷たい視線を受けながら、杯の氷を見た。水を愛してきた自分が、水で人を傷つけたと決められる。干ばつの村で井戸を掘った年月まで否定されたようで、その屈辱は熱かったが、彼女は声を震わせなかった。

「水律師アシュベルに、《水律球》を使っていただきます」

 青い長衣のアシュベルが前へ出た。彼は杯の上へ透明な球を一つ浮かべる。

 水律球は、液体に最後に命じられた術式だけを読み上げる。球の中で氷片が回り、澄んだ声が広間へ響いた。

《祈り手オリアーヌの命により、接触時に右腕を凍結。威力は皮膚損傷まで》

 術者印として、聖女の青い紋章が球面へ現れる。マルグリットの魔力は一滴も記録されていない。

「水は器の言葉を聞きます。しかし最後に命じた者の名は忘れません」

 アシュベルが球を消すと、残った氷が音を立てて割れた。

 オリアーヌは傷を隠し、クロードは素早く態度を変える。

「聖女は儀式の奇跡を見せようとして失敗したのだろう。マルグリット、婚約破棄は撤回する。水路管理もこれまでどおり任せる」

「疑われたまま管理する水を、民は安心して飲めません」

 マルグリットは水路章を胸から外した。

「殿下は私の仕事を、聖女の一言より軽いと示されました。ならば王都の水から、私の名を引きます」

 アシュベルが西部運河の青図を抱え、濡れた手を差し出した。

「干上がった三つの村へ水を通す計画があります。命じられた道ではなく、あなたが選んだ道へ流しませんか」

 マルグリットはクロードに背を向け、割れた氷を踏まずに避け、アシュベルの手を取った。