制服を脱いでから

葬祭会館の職員は、一件の式を終えるたび、通用口の後悔販売機へ仕事上の後悔を入れる。制服を着たまま個人的な後悔を入れてはいけない。紙には遺族や故人の名前を書かず、自分が省いた動作だけを書く。受理されると、勤怠端末からその日の式次第が消える。

逆井は母の葬儀を、自分の勤務先で担当した。人手が足りず、同僚に任せるより自分で進めた方が早かった。供花の順、焼香の案内、出棺時刻。母は予定表の各欄へ収まり、遅れは一分も出なかった。

参列者が帰ったあと、逆井は通用口で紙に書いた。

〈棺の蓋を閉める前の確認を省いた〉

機械は〈業務上の省略ではありません〉と返した。手順上、確認は済んでいる。顔まわりの花も、眼鏡も、母が好きだった裁縫箱も入れた。

〈最後の焼香を省いた〉

〈職員権限で実施可能〉。つまり、まだできることは後悔として受け取らない。

同僚が「先に上がります」と通り過ぎた。逆井は制服の袖を見た。母は彼がこの仕事に就いたとき、「似合うけど、家では脱いで」と言った。仕事の顔で家族の死まで扱う息子を、たぶん心配していた。

更衣室で制服を脱ぎ、私服に着替える。もう一度販売機の前へ戻ると、画面が個人用に切り替わった。個人的な後悔には、紙ではなく身につけていた物を入れる。

逆井は黒いネクタイを外した。裏に油性ペンで書く。

〈母の髪に触れるときも、白い手袋を外さなかった〉

ネクタイが吸い込まれ、式次第の表示が消えた。商品口から、レモン水の小瓶が出る。母は酸っぱい飲み物が苦手だった。

逆井が瓶を開けると、レモンの匂いではなく、古い布箱の匂いがした。底には骨のように白い指ぬきが一つ沈んでいる。その小さな穴すべてに、黒いネクタイの糸が一本ずつ通され、内側から結ばれていた。

逆井は指ぬきを私服の胸ポケットへ入れた。翌朝、制服を着ようとすると、黒い糸がポケットから更衣室まで伸びていた。糸をたどると、母のネクタイは戻っておらず、白い指ぬきだけがロッカーの鍵穴を内側から何度も縫い閉じていた。