割れた皿の展示番号
久保谷靖史は、榊ヶ峰乃々香が割れた皿を集めるのを嫌った。
「ゴミを金色でつないで何になる。専業主婦なら新しい皿を買って、まともな食卓にしろ。誰のおかげで飯が食えてる」
乃々香は、欠けた茶碗へ漆を塗った。祖母から教わった金継ぎだった。
最初は家の器だけ。次に近所の人の思い出の皿を直した。修復前の傷と、持ち主の話を記録し、完成品と一緒に小さな冊子を渡した。
口コミで依頼が増え、海外からも器が届くようになった。乃々香は漆職人を雇い、修復工房を開く準備を進めた。
靖史は、宅配箱を「割れ物の墓場」と呼んだ。
ある日、彼の勤める百貨店で、日本工芸の特別展が開かれた。目玉展示の作家として紹介されたのは乃々香だった。
彼女の作品は、ただ元へ戻すのではなく、傷を歴史として見せる現代工芸として評価されていた。海外美術館が二十点を収蔵し、高級ホテル百室の器修復も受注。初年度契約額は一億円を超えた。
靖史は館長へ言った。
「妻の家事の延長です。作品と呼ぶほどでは」
館長は展示ケースの一枚を示した。
それは靖史が怒って投げ、割った結婚記念の皿だった。修復記録には、破損日時と、靖史の声が入った室内カメラの保存番号まで記されている。
『俺が買った皿だ。壊して何が悪い』
百貨店は家庭内の問題へ介入しなかったが、靖史が展示品を無断で廃棄しようと倉庫へ指示したメールは職務上の問題だった。彼は催事担当から外された。
乃々香は工房で離婚届を渡した。
「皿を直せるなら、夫婦も直せるだろ」と靖史は言う。
「金継ぎは、壊した人へ戻す技術じゃない。残したいものを選ぶ技術よ」
工房の売上と役員報酬で生活は十分。新居も工房の上階に用意してあった。
美術館から巡回展の正式契約が届き、結婚記念の皿には〈個人蔵・非売品〉の展示番号が付く。
乃々香が離婚届を差し出し、展示ケースが固く施錠された瞬間、靖史がゴミと呼んだ傷は世界へ運ばれ、彼との関係だけが修復対象から外された。