匿名のルームメイト
同居人の環が、匿名アカウントで私の悪口を書いている。
〈勝手に冷蔵庫を開ける〉
〈郵便物の宛名を確認する〉
〈寝ている間に部屋へ入る〉
証拠はない。けれど内容を知っているのは環だけだ。
私は郵便物を見ても開封していないし、冷蔵庫の奥の容器を確かめるのは賞味期限が心配だからだ。夜中に彼女の部屋へ入ったのも、寝息が聞こえず倒れていると思った一度だけ。それを悪意のように書くほうが異常だった。
私は確かめることにした。彼女の引き出しに細いテープを貼り、剥がれたか毎朝見る。スマホの充電器を私のものと交換し、通知が映るか待った。入浴中には端末を顔へ向けたが、ロックは開かなかった。環は「やめて」と怒ったが、疑われる行動をするほうが悪い。
彼女は最近、机に鍵を付け、私が近づくと会話を止めるようになった。隠し事の増え方こそ、犯人の焦りに見えた。
決定打として、誰にも言っていない嘘を話した。その晩、環が眠ったあと、机の上の手帳も確認した。予定欄は空白だったが、裏表紙に「管理会社へ相談」とあるのを見つけた。犯人だとばれそうで焦っているのだと思った。
「十五日に引っ越すんだ」
翌日、匿名アカウントに〈やっと十五日に出ていく〉と投稿された。
私は環を問い詰めた。彼女は驚かず、管理会社の人を呼んだ。テーブルに置かれた端末には、私が部屋へ入る映像があった。
匿名アカウントは、環が作った記録用の鍵付きアカウントだった。机の引き出しに付けた小さなセンサーが開閉を感知し、その時刻の文章を自動で投稿する。引っ越しの嘘は、私が彼女の非公開メモを読んだ直後、自分で書き足していた。
「悪口じゃない。証拠が必要だったの」
管理会社の人は、私に退去を求めた。
納得できなかった。友人同士なら、隠し事を確かめるくらい普通だ。環が最初から説明してくれれば、こんなことにはならなかった。
私は最後に自分の潔白を示そうと、彼女の引き出しを開けた。中には何もなかった。
同時に通知が鳴った。
最後の投稿は、「今、私の引き出しを開けた」だった。