十七番線を消す
午後十一時三十二分、運行指令の木ノ下毅へ、下り最終列車にいる息子から電話が来た。
『父さん、ホームが曲がって見える』
列車は時速八十。前方の分岐器が十七番線と本線の間で止まっている。四十五秒後、先頭車が駅舎へ乗り上げた。
毅が転轍機を本線側へ切り替えると、保守車両と正面衝突した。暗転し、また十一時三十二分。机の真鍮キーが一回転して止まる。
最終列車を駅の向こう側へ通し、位置表示を次の閉塞区間へ移す。それが反復の出口だった。
十七番線へ進入させると、錆びたレールが重量に耐えず、ホームごと崩れた。
駅手前で非常停止をかけても、後続の貨物列車が追いついた。
『父さん、ホームが曲がって見える』
息子の声だけが、毎回少し幼く聞こえた。
十七番線は公式の路線図にない。戦時中の地下輸送路へつながるため、国と鉄道会社が存在を隠してきた。分岐器は更新対象から外され、耐用年数を四十年越えている。真鍮キーは、毅の祖父から三代受け継いだ指令員の証だった。その家は十七番線の秘密を守る代わりに、地元の雇用と地位を得てきた。毅も息子へ、いずれこの真鍮キーを渡すつもりだった。
どの線へ列車を送っても、古い分岐器を通る。ならば線を通過させるのではなく、分岐器そのものを消すしかない。
次の周回、毅は無人の軌道点検車を最高速度で発進させた。進路は十七番線。遠隔制動を解除し、真鍮キーを折って操作口へ詰める。
点検車は分岐器へ突っ込み、レールと信号箱をまとめて破壊した。全信号が赤へ変わり、最終列車も貨物列車も駅の両側で停止する。
四十五秒を越えた。
息子が電話の向こうで言う。
『止まった。でも父さん、何したの』
「駅を一つ、なくした」
翌朝から幹線は長期運休になる。地下輸送路も、祖父の勲章も、町が鉄道で食べてきた歴史も捜査対象だ。毅は秘密文書を報道機関へ送信し、折れた真鍮キーを机に置いた。
警察が指令室へ入ってくる。窓の先では、曲がったホームを照らす全ての信号が赤だった。毅にはそれが、初めて誰にも嘘をつかない色に見えた。