十二歳の引退式
鬼頭院一犀は十二歳で、人生最高の成績を残した。
競技統治AI〈頂点〉は、彼が今後どれだけ努力しても、その年の勝率九十九・八パーセントを超えないと予測した。記録の劣化と訓練資源の浪費を防ぐため、一犀は全国大会優勝の翌日に引退させられた。
式典では「完全なまま歴史へ残れる」と祝福された。広告契約は続き、一犀は盤に触れず〈勝利の考え方〉を語った。質問されるたび、十二歳の自分の言葉を録音から再生した。十八歳の彼には、もう何を考えていたか分からなかった。棋具への接触は禁止され、学校では元王者として講演だけを求められた。
一犀は勝つことしか教わっていなかった。勝てなくなる前に取り上げられたので、負け方も知らなかった。夜になると対局の夢を見て、目覚めた指を握り込んだ。清掃員としての評価は高かった。盤面と違い、床は毎日同じ順で汚れた。十九歳の誕生日、彼は記念映像の自分へ盤上の続きを尋ねたが、映像は同じ笑顔で勝利を語るだけだった。
成人後、彼は高齢者施設の清掃員へ配置された。ある日、八十六歳の入居者が、倉庫から古い将棋盤を見つけた。
「一局やろう」
「禁止されています」
「じゃあ、掃除の仕方を駒で説明して」
一犀は笑い、盤を挟んだ。二十年ぶりに持った駒は、記憶より軽かった。彼はわざと負けるつもりだったが、終盤で本当に間違えた。
老人は飛び上がって喜んだ。
一犀は悔しくて、同時に楽しかった。
それから夜ごと、入居者へ教えた。駒の動きを忘れる人、同じ手を三度指す人、勝敗より菓子の時間を気にする人。〈頂点〉は非公式対局を「懐旧療法」と分類し、黙認した。
一犀は二度と大会へ戻らなかった。代わりに、勝率の記録されない小さな教室を開いた。
ある少年が壁の古い新聞を見て尋ねた。
「先生、本当に日本一だったの?」
「一日だけね」
「今は?」
一犀は盤上で、自分の王をうっかり詰ませた。
「今は毎週、誰かに負けられる」
十二歳で終わったはずの人生は、記録が下がることを許した日から、ようやく続き始めた。