十五秒で暴いた青ざめ
侯爵の馬車が横転したが、乗っていた会計官は自分で立ち上がった。
外傷は額の擦り傷だけ。会計官は「会議に遅れる」と歩き出し、随行治療師も軽傷札を渡そうとした。
記録係ノエラは、男の顔色が事故直後より白くなっていることに気づいた。
「十五秒だけ、手を貸してください」
「数字遊びなら後にしろ」
ノエラは手首へ二本の指を置き、砂時計の細い区画を見た。十五秒で三十三回。四倍して、板へ百三十二と書く。
五分後、もう一度。
十五秒で三十六回。百四十四。
会計官は立っているのに、脈だけが走り続けていた。ノエラは軽傷札を返さず、数を随行治療師へ突きつける。
「上がっています。歩かせる前に診てください」
治療師は舌打ちしながら腹部を調べ、すぐ顔色を変えた。衣服の下に広がる青い痣と、硬くなった腹。会計官は担架へ移され、会議ではなく治療院へ運ばれた。
半刻後、外科師が待合へ出てきた。
「内側で出血していた。本人が歩けたからと帰していれば、次に倒れたときは間に合わなかった」
ノエラがしたのは治療ではない。十五秒を二回数え、変化を数字にしただけだ。
侯爵は随行治療師へ、なぜ見逃したと詰め寄った。治療師が「本人が平気だと言った」と答えると、侯爵は記録板の百三十二と百四十四を指した。
「本人の強がりより、こちらのほうが正直だ」
外科師は取り出した血の量を袋二つ分と記録した。額の擦り傷だけを見ていれば、その量は誰にも見えなかった。ノエラの板には、事故時刻、最初の脈、五分後の脈が三行で残っている。随行治療師が記憶で「少し速かった」と弁解しても、百三十二から百四十四へ上がった数字は消せない。観察を感想ではなく記録にしたことで、軽傷札が重傷の扉を開いた。
その日のうちに、事故患者は立っていても脈を二回記録する規則が作られた。砂時計二百個の注文も決まる。
侯爵はノエラへ会計帳ではなく、新しい観察記録簿を渡した。
『救護観察主任』
数字で命を拾った者に、数字を任せるための任命だった。