十分だけ君の名前

弓削イズミは、救援に来た相棒へ剣を向けた。

《討伐名継承》

ギルド員を殺した者は、十分間だけ被害者の表示名を引き継ぎます。

目の前にいるのは、さっき裏門で殺された伝令《オージ》の名を持つ男だ。顔も声も同じに見える。だがイズミは彼を知っている。歩くとき、左肩をわずかに下げる癖がない。

「敵襲だ。西門を開けろ」

オージの名で命じられ、ギルド員が門の封印へ向かう。西には敵軍が待っている。

イズミは名継承の残り時間を確認した。

《残り:二分十三秒》

二分待てば偽者の本名が戻る。だが門は一分で開く。

彼女は伝令を攻撃せず、雑談を始めた。

「初めて組んだ日の合言葉、覚えてる?」

「今はそんな場合じゃない」

本物なら即答する。偽者は焦り、団長権限でイズミを拘束しようとした。オージは一般員だったため、本来使えない権限だ。

つまり殺したのは団長自身。

イズミは西門の操作盤へ飛びつき、開門ではなく《表示名照合》を選ぶ。門は命令者の名ではなく、アカウント識別子を確認する。

《表示名:オージ》

《実行者:ギルドマスター》

偽者が剣を抜く。残り十秒。

イズミは本物の遺体を庇い、時間を稼ぐ。ゼロになると、男の頭上からオージの名が剥がれ、団長の名が現れた。

同時に、本物の名は遺体へ戻る。

西門の封印は開かず、逆に団長だけを外へ弾き出した。敵軍が待つ側へ。

《討伐名継承時間終了》

《表示名を本来の所有者へ返還》

本物のオージは蘇生されなかった。名が戻っても、命まで戻る仕組みではない。

イズミは彼の表示名を記念碑へ移さず、通信履歴に残した。初めて組んだ日の合言葉、門番へした冗談、誰にも送らなかった下書き。団長が十分だけ身につけられなかったものばかりだ。

敵軍は外へ弾かれた団長を捕らえたが、イズミは処刑を求めなかった。名を奪って嘘を命じた事実を、双方のギルドへ公開する。

十分が過ぎれば消える偽装より、残った履歴の方が長く彼を裁く。

《裏切り者を確定――殺した仲間の名を継げても、その人が積み重ねた記憶と信頼までは継承できません》