十秒に三十票

辰巳晶は、開始音と同時に叫んだ。

「宇賀神、宇賀神、宇賀神、宇賀神――」

向かいの宇賀神壮一が目を見開く。隣の須賀絵麻は、打ち合わせどおり「辰巳」と一度だけ発声した。宇賀神も遅れて「辰巳!」と怒鳴る。

規則は壁に一行。

《十秒間に最も多く呼ばれた登録名の者を処刑する》

三人は、名前を一度ずつ呼ぶ投票だと思っていた。宇賀神と絵麻が晶を呼べば二票。晶が誰を選んでも負ける。

だが規則は「一人一回」と言っていない。

「宇賀神、宇賀神、宇賀神――」

晶は元競り人だった。数字と商品名を息継ぎなしで畳みかける訓練をしている。五秒で十五回。宇賀神が晶の名を連呼し始めたときには、もう追いつけない。

登録名は姓だけでも認識される。説明音声が三人を呼ぶたび、表示に一回ずつ加算されていたので、晶は事前に判定の区切りを知っていた。語尾まで言い切れば一票。叫びを重ねても無効にはならない。

「黙れ!」

宇賀神が卓を越えて殴りかかる。透明壁がせり上がり、三人を隔てた。

残り二秒。

晶は最後の息を絞る。

「宇賀神、宇賀神、宇賀神!」

終了。晶の肺は焼けるように痛み、口の中には鉄の味がした。

《辰巳、九回》

《宇賀神、三十一回》

《須賀、零回》

宇賀神の首輪が赤く点滅した。

「声の大きさなら俺が上だ!」

《音量ではなく、登録名が呼ばれた回数を集計しました》

晶は乾いた喉を押さえた。

「あなたは『二人で俺の名前を呼べば多数だ』と言った。人を数える多数決だと思ったから、一回ずつで足りると考えた」

絵麻が震えながら問う。「私にも連呼させれば、もっと確実だったのに」

「あなたは土壇場で宇賀神へ寝返るかもしれない。だから作戦を教えなかった。必要なのは仲間の一票じゃなく、十秒を使い切る肺だった」

宇賀神は首輪を掴み、なお晶の名を叫び続けた。だが集計窓は閉じている。

晶の拘束具が外れる。

「多数決は、人数が多い方が勝つとは限らない」

掠れた声でそう言うと、監視室の笑い声が止まった。