十秒前の監視映像
神足鼎は、監視カメラの中で消えた。
暗号資産会社の創業者である神足は、内部告発資料を持ってデータ保管室へ入った。午後十一時、警備責任者の室伏環季が唯一の扉を外から施錠し、開発者の旗手耕介、記者の和邇塚朋花とともに監視室で映像を見た。室内の神足は机に座り、資料を封筒へ詰めていた。
十一時八分、映像が一瞬乱れた。室伏が扉を開けると、保管室は空だった。カメラには神足が机に座ったまま映り続けている。窓も床下もなく、入退室端末には警報が出ていない。
室伏は「映像が幽霊を映している」と冗談めかしたが、声が震えていた。
私は画面を三度見て、三つの反復を指摘した。
監視室にいる三人は、映像を疑う理由がなかった。室伏は自社の監視網が一秒も途切れないと誇り、旗手は通信が正常だと確認していた。だが「映っている」と「今を映している」は別の条件である。
第一に、壁時計の秒針が十八秒まで進むたび、九秒へ戻っていた。
第二に、換気口につけた細い紙片が、十秒ごとにまったく同じ順序で三回揺れていた。
第三に、配信データを調べると、連続する三百フレームの検査値が、十秒単位で同じ数字を繰り返していた。
旗手が端末を操作し、隠された小さなプログラムを表示した。
「十秒の映像を循環させたのか」
「神足さんが座っていた最後の十秒だけを、ライブ映像として送り続けたんです」
十一時一分、旗手が保守端末からループを開始した。その間に神足は普通の扉を開け、旗手が一時発行した解錠権限で廊下へ出た。扉は自動で再施錠され、監視画面だけが十秒前へ戻り続けた。秘密の出口も瞬間移動もない。見張りが見ていた時刻だけが閉じ込められていた。
秒針、紙片、検査値。自然現象は完全には繰り返さないが、録画は繰り返す。
室伏が机を叩いた。
私は止まらない過去の画面を消した。
「神足さんは監視を破ったのではありません。皆さんが十秒前を見張っているあいだに、現在の扉から出ただけです」