午前七時の誤報

午前六時五十分、忌部瀬尚悟の防災端末に〈最終演算〉が表示された。弟の凌平は商業施設の夜間警備を終え、黄色いヘルメットを脱ぐ。

「また訓練かよ」

七時三十分、直下地震で施設の西棟が崩れ、凌平は地下防災室で死ぬ。尚悟は地震予測システムを使い、四十分を九回戻した。

電話で呼び出しても、凌平は引き継ぎのため戻った。火災報知器を鳴らせば、誤報確認で地下へ下りた。配管破裂を装うと、残った客を避難させるため最後まで建物にいた。

成功条件は七時三十分、凌平の位置情報が施設敷地外にあること。最後の演算を使えば予測機は焼き切れ、次はない。

六時五十分。弟はまた笑った。

「また訓練かよ」

「今度は、国中を巻き込む」

尚悟は研究用端末から全国瞬時警報へ侵入し、〈震度七・発生まで三十分〉を送信した。観測根拠のない偽警報だった。

鉄道が止まり、高速道路が閉鎖され、病院は手術を中断した。転倒事故と避難車両の衝突が相次ぐ。商業施設では全館退避命令が出て、凌平は客を連れて敷地を離れた。

七時三十分、本物の揺れが来た。西棟は崩れたが、中に人はいなかった。時間は戻らない。

尚悟は多数を救ったとは言えなかった。偽警報による負傷者も出た。予測技術への信用は失われ、今後の本物の警報まで疑われるかもしれない。

裁判で尚悟は動機を語らず、有罪を認めた。面会に来た凌平は礼を言わず、黄色いヘルメットを仕切り台へ置いた。

「兄貴、これは返す。次はもう、俺一人のために国を鳴らすな」

偽警報で転倒した高齢者の家族から、尚悟には毎月手紙が届いた。弟が生きた一日と、他人が失った日常は同じ秤に乗らない。尚悟は研究成果の権利を放棄し、予測システムの設計を第三者へ公開した。二度と一人の判断で全国を鳴らせないよう、複数承認の仕組みも書き残した。刑務所の窓から本物の訓練放送が聞こえた日、彼は耳を塞がず最後まで聞いた。

判決理由には「結果的に多数の生命を守った」と一行だけあった。尚悟はその行へ線を引かなかった。結果で手段を洗うことは、次の誤報を正当化するからだ。

尚悟はヘルメットに触れず、頷いた。