半分のアップルパイ
母は喫茶店で、アップルパイを一つだけ注文した。
「二人で半分こすればいいでしょう。杏奈は甘い物を我慢できるし、郁実は残すから」
運ばれてきた皿には、まだナイフが入っていない。
焼いた林檎の匂いと、温かいバターの香りが上がる。母は当然のように、姉の杏奈へナイフを渡した。
「きれいに切って。郁実は不器用だから」
杏奈は刃先を中央へ置いた。
幼いころから、ケーキを切るのは杏奈の役目だった。大きさが違えば郁実がかわいそう。郁実が大きいほうを選べば、杏奈は姉だから譲る。杏奈が先に選べば、食い意地が張っていると言われた。
「私、一個食べたい」
郁実がメニューを開いた。
母は驚いた顔をする。
「さっきお昼を食べたでしょう。杏奈を見習って少し控えたら?」
今度は杏奈が秤の軽い側に置かれる。
杏奈はナイフを皿の脇へ戻した。
「私も一個頼む」
「二人とも太るわよ」
「太るかどうかも、残すかどうかも別々にする」
郁実が店員を呼び、アップルパイをもう二つ注文した。
「これは?」
母が最初の一皿を見る。
郁実は答えた。
「お母さんが食べれば」
「私はいらないから一つにしたのよ」
「じゃあキャンセルできるか聞こう」
母はもったいないと言い、結局その一皿を自分の前へ引いた。
三枚の皿が並ぶ。形は同じだが、林檎の重なり方が少しずつ違う。
郁実は最初の一口を大きく取り、目を閉じた。
「おいしい」
杏奈は端の薄いところから食べる。母は二人の食べ方を見比べ、「本当に正反対」と言った。
「正反対じゃなくても、同じじゃなくてもいいよ」
杏奈が言う。
「食べ方くらいで大げさね」
「食べ方くらいだから、決めさせて」
母は返事をせず、パイの林檎だけをよけ始めた。
杏奈は以前なら、母の残した部分を引き受けた。今日は手を伸ばさない。
会計で、母が三人分を払おうとした。
杏奈と郁実はそれぞれ自分の伝票を取る。
「親子なのに水くさい」と母は言った。
郁実が笑う。
「水じゃなくてパイだよ」
店の外で姉妹は別れた。
杏奈の口には、誰かに譲らなかった最後の一口の酸味が残っていた。