半熟卵を割る音

芹奈はカレーの中央に半熟卵をのせたまま、周りから食べ始めた。白身だけがつるりと光り、スプーンを入れればすぐ割れそうだった。

彼と暮らしていたころ、卵を割るのはいつも彼の役目だった。芹奈が黄身を服へ飛ばしたことを一度笑われ、それから「貸して」と手を伸ばされるようになった。卵だけではない。固い瓶の蓋も、役所の書類も、旅行の予約も、彼が先に片づけた。

別れ際、彼は疲れたと言った。芹奈はその一言を何度も思い返した。自分が何もできないふりをして、彼を世話役にしたのではないか。次に誰かを好きになっても、また相手を疲れさせるのではないか。それが言えない悩みだった。

スパイスの香りの真ん中で、卵だけが白い島のように残っている。芹奈は島を避け、カレーとごはんを細く削った。

三分の二を食べるころには、卵の周囲だけが堤防のように高くなった。スプーンを当てればいい。それだけなのに、手が止まる。割り方が下手なら黄身が流れすぎる。皿を汚す。そう考えた瞬間、彼の声ではなく、自分の声だと気づいた。

芹奈はスプーンの先を白身へ入れた。小さな音がして、濃い黄身がゆっくり流れた。きれいな円にはならず、片側へ偏った。

混ぜたひと口は、黄身が多すぎて重かった。次はカレーを足す。今度はちょうどよい。失敗しても、次のひと口で変えられる。

残りを食べ、最後に黄身の絡んだごはんがひと匙だけ残った。芹奈は満腹だった。以前なら、彼に「あと一口」と笑われ、口を開けていたかもしれない。

芹奈はその一口を残し、ラップをかけた。卵を割れた証明のために、食べすぎる必要はない。

割れ方を採点する人はいない。黄身が片寄った皿を見ても、芹奈は直そうとしなかった。自分で食べるには十分だった。

片寄った黄身も、残した一口も、誰かへの迷惑にはならなかった。

冷蔵庫へ入れるとき、皿の中で黄身はもう何の形もしていなかった。それでよかった。