双子の半音

椎葉凪人と椎葉亘は、双子なのに初めて半音ずれた。

凪人のギターがEを鳴らし、亘のベースはEフラットを返す。片瀬紅葉が歌い出せず、マイクの前で笑った。

「最後に兄弟喧嘩?」

「チューナーが違う」と亘。

「違うのは進路だろ」と凪人。

実家の印刷所を継ぐのは、兄の凪人だと誰もが思っていた。ところが凪人はクラシックギターの専門課程に合格し、弟の亘が店へ戻ることになった。

「俺が残るって言ったわけじゃない。親父が、お前は音楽向きだって」

「褒められた自慢?」

「押しつけられたって話」

紅葉は二人の間に立ったまま、来月から南米の日本語学校へ行くことを告げた。青年海外協力の枠で二年間。応募したのは、双子が進路を話すより前だった。

「私だけ逃げるみたいだね」

「紅葉は昔から一人で決める」と凪人。

「二人が二人で決めすぎるんだよ」

三人のバンド〈複写〉は、双子の正確なユニゾンが売りだった。紅葉はその間に声を通し、同じ形の音を一枚ずつずらすように歌った。

最後の曲を始める。凪人は正しいE、亘は半音低いEフラットを譲らない。不協和音の上へ、紅葉が即興で旋律を置いた。

「合わせろよ」と凪人が演奏中に言う。

「そっちが」と亘。

「そのまま」と紅葉。

三人はずれたまま最後まで進んだ。不思議とサビだけは、濁った和音がきれいに聞こえた。

演奏後、亘は二人で共有していたチューナーを凪人へ投げた。

「店には要らない」

「俺も自分の買う」

チューナーは床を滑り、紅葉の靴の前で止まった。

「じゃあ私が持ってく。地球の反対側で、二人が合ってるか確かめる」

紅葉はそれを鞄へ入れた。液晶には四四〇という数字が表示されたままだった。世界共通の基準音なのに、三人の正しさを一つに決めることはできなかった。双子はそれぞれの楽器を別々のケースに収めた。これまで一本だった譜面台も、凪人と亘が左右から同時に手を離した。

部室を出るとき、二人は同じ方向へ帰ったが、歩幅はそろわなかった。

床には半音分ずれたままの二本のシールドが、双子の影のように残っていた。