名前を呼ばない決闘
鋲谷ツムグの肩を、PK《無名刃》の剣がすり抜けた。
《呼名攻撃》
攻撃前に対象の登録名を正確に発声した場合のみ、対人ダメージが成立します。
「鋲谷ツムグ!」
もう一度。刃は光になって抜ける。
「表示名は合ってるのに、なぜだ」
ツムグは答えない。世界転移時、登録名には現実のフルネームが使われた。表示名は短縮名にすぎない。
無名刃は捕らえた仲間を盾にする。
「本名を言え。でなければこいつを斬る」
仲間の名はすでに知られている。ツムグが黙れば、そちらが死ぬ。
彼はPKの剣へ目を向けた。刀身に小さく製作者の署名がある。
《シエル・バスカへ。兄ルドより》
無名刃が慌てて剣を隠す。
ツムグは静かに言う。
「シエル・バスカ」
一ダメージの投石が無名刃の額へ成立する。呼名は正しい。
無名刃の集中が切れ、仲間を押さえる手が緩む。
「お前の本名を言え!」
ツムグは仲間を引き寄せながら、首を振る。
「名前を知らない相手は殺せない。でも、助けるのに名前はいらない」
無名刃は自分の名前を呼ばれた恐怖で、何度も偽名を叫ぶ。そのたび攻撃は無効。
最後に彼は兄の名を名乗ろうとする。
《登録名不一致》
剣の署名は贈り物の相手を示していた。兄の名を奪ってPKをしていたわけではなく、自分の名を隠し続けていただけだ。
警備兵がシエルの登録名を呼び、拘束攻撃を成立させる。
《呼名攻撃成功:対象シエル・バスカ》
《被害者ツムグへの攻撃成功数:0》
拘束されたシエルは、兄の署名を指で隠した。
「この剣だけは、俺がPKになる前のものだ」
だから捨てられなかった。
ツムグの仲間は、助けるのに名前はいらないという言葉へ苦笑する。
「救助登録には必要だけどな」
安全地帯へ着いてから、二人は改めて互いの登録名を交換した。攻撃を成立させるためではなく、死亡時の帰還先を確認するためだ。
呼名攻撃の規則は、人を殺すには相手が誰か知れという抑止のため作られた。それをシエルは、本名を隠せば一方的に殺せる仕組みへ変えた。
最後に彼の名を呼んだのが処刑人ではなく、罪状を読み上げる警備員だったことだけが救いだった。
《無名刃の敗北条件を確定――名前を持たないことではなく、自分の名だけを相手に知られることを恐れたこと》