善人の葬式

鎌形眞弓の父は、九百九十六点の善人として死んだ。

市役所の巨大画面に顔が映り、《模範市民の逝去》と速報された。寄付、納税、地域活動、職場評価。履歴には美しい数字だけが並んでいた。

家では違った。

父は母の外出を監視し、眞弓の成績が落ちると物置へ閉じ込めた。殴った痕は服で隠れる場所にだけ残した。相談窓口へ連絡しても、父の点が高すぎるため《申告者の認知偏向》と処理された。

葬儀で、眞弓は弔辞を読む役に選ばれた。遺族が高得点者を称賛すれば、信用遺産を満額受け取れる。母は小声で言った。

「もう終わったことにしよう」

壇上の端末には、AIが作った文章が表示された。

――父は家庭を愛し、常に公正で、私たちの手本でした。

眞弓は途中まで読んだ。会場の評価灯が緑に光り、参列者がうなずいた。父の大きな遺影は、家で見せたことのない穏やかな顔だった。

最後の一文で、眞弓は原稿を閉じた。

「父は、外では善人でした。家では、私たちが助けを求めても、誰にも信じてもらえない人でした」

評価灯が赤に変わった。名誉毀損、葬儀秩序の妨害、信用遺産への不当な攻撃。眞弓の点は秒ごとに落ちた。母は顔を覆った。

だが後方の席で、一人の女性が立った。父の元部下だった。

「私も、会議室で二人きりになるのが怖かった」

続いて近所の少年が、父に万引きを強要されたと話した。称賛のために集まった会場から、数字に消された記憶が次々に出てきた。

葬儀は中止され、父の記念碑計画も撤回された。眞弓は信用遺産を失い、母と高信用住宅を出た。

狭い部屋で荷ほどきをしていると、母が古い箱を差し出した。中には、眞弓が子どもの頃に書いた相談の手紙が、送れないまま残っていた。

「今度は、出していい?」と母が聞いた。

眞弓はうなずいた。

父の葬式で埋めたのは遺体だけではなかった。善人という数字の下で、二人を黙らせ続けた言葉も、ようやく土へ返すことができた。

母はその日、初めて人前で声を上げて泣いた。