四番の校歌
阿久津透悟は、地方資料館で古い録音を修復していた。二十九歳。母校から寄贈されたオープンリールには《昭和三十七年度・校歌》とあり、三番までの歌詞カードが付いている。
ケースの内側に、放送部顧問の注意が貼られていた。
《校歌の録音を再生したら、三番が終わるまで停止してはいけない》
学校はかつて、山で亡くなった卒業生を送る「道歌」の旋律を校歌に転用したという。三番まで歌えば麓へ帰り、途中で止めると歌い手の道を続きとして使う、と郷土誌にあった。
透悟はデジタル化のため再生を始めた。一番には校舎、二番には川、三番には山道が歌われる。二番の途中、母から緊急着信が入り、透悟は一度だけ停止ボタンを押した。
電話は無言で切れた。再生機へ戻るとテープは止まっているのに、スピーカーから足音が続く。波形画面には、存在しない四番が生成されていた。
――駅を出て、右へ曲がり、赤い橋を渡る。
歌詞は透悟の帰宅経路だった。再生機のカウンターは彼が歩く速度に合わせて進み、止めても電源を抜いても四番だけが流れる。
着信履歴を確認すると、母からの電話ではなかった。発信元は三十年前に撤去された母校の放送室で、通話時間は零秒。それなのに留守番電話には、透悟が停止ボタンへ手を伸ばす音と、歌っていた生徒たちが息を止める瞬間が残っていた。最後に顧問らしい男が「道が足りない。続きを一人分借りる」と告げていた。
透悟は資料館を出た。スマートフォンの文字起こしには、その後の行動が歌詞として先に表示される。
――コンビニで水を買う。
――信号を二つ越える。
――玄関の前で、後ろを見る。
最後の一行だけ実行せず、彼は友人宅へ泊まった。
友人宅の防犯カメラには、夜通し制服姿の一団が門前を通り過ぎる様子が映っていた。全員が口だけ動かし、先頭の空席へ透悟の上着を掛けていた。
翌朝、車へ乗るとカーステレオが自動再生した。
《校歌・第四番》
ナビの目的地は母校。到着予定欄には時刻ではなく、《阿久津透悟 卒業》と表示されていた。スピーカーから大勢の声が、まだ歌っていない五番を練習し始めた。