四百八十円の記録

水城美冬は、共有家計アプリの残高をゼロにするため、最後のレシートを探していた。

恋人が亡くなって二か月。アプリのトップには、食費、家賃、日用品の円グラフが二人分の色で残っている。二人で使っていた口座は解約したが、アプリには「未精算四百八十円」と赤く残っている。相手側の入力なので、何を買ったのか分からない。サポートへ問い合わせれば削除できる。それでも美冬は、金額の正体を確かめてから閉じたかった。

チャットを「480」で検索すると、音声メッセージが一件出た。入院前日の夕方、恋人が駅の雑踏の中から送ったものだ。

『コンビニ、四百八十円。美冬の歯ブラシと、私の靴下。レシートあとで入れる』

歯ブラシは洗面所にあり、靴下は病院へ持っていった。レシートだけが見当たらない。

閉じるボタンを押すたび、未精算の確認通知が出る。美冬はそれを横へ払ってから、財布、薬の袋、入院書類の封筒を順に開いた。音声を流しながら探すと、背景で改札の音が三回鳴り、恋人が『青じゃなくて柔らかいほう買った』と付け足す。美冬は今使っている歯ブラシを見る。確かに青ではなく白で、毛先が柔らかい。

最後に、病院から返されたトートバッグの内ポケットへ指を入れた。丸まった紙が一枚引っかかる。広げると、印字は薄れていたが、歯ブラシ二百九十八円、靴下百八十二円、合計四百八十円と読めた。時刻は十八時四十六分。音声の送信時刻と一分しか違わない。

美冬はアプリを開き、日付と店名を入力する。費目は「日用品」。メモ欄へ何か残せたが、空白のままにした。支払者を恋人、負担割合を半分にすると、美冬の未払いは二百四十円になる。

けれど、もう送金先はない。美冬は財布から二百四十円を出し、トートバッグの小さなポケットへ入れた。あとで寄付箱へ持っていくつもりだったが、それは別の日の用事にする。

アプリの「精算済みにする」を押す。確認画面で、もう一度四百八十円を見てから確定した。赤い数字が消え、二人分の残高は同時に0円になった。