夕焼けライン引き
最後の大会が終わったのに、マネージャーは毎日グラウンドへ白線を引いた。
サッカー部の練習は新チームに変わり、三年の僕はもう参加しない。けれど放課後、教室の窓から見ると、彼女は一人でラインカーを押していた。
「曲がってる」
声をかけると、彼女は振り返らずに言った。
「引退した人は口出し禁止」
「三年間ずっと曲がってた」
「じゃあ誰か直して」
僕はラインカーの反対側を持った。
二人でセンターラインを引き直した。夕暮れのグラウンドに白い粉が落ち、風で少しずつ散った。
「なんでまだやってるの」
「後輩が練習するから」
「二年のマネージャーいるだろ」
「今日は委員会」
そういう日が、一週間続いていた。
本当は、終わったことを認めたくないのだと思った。僕も同じだった。部室へ行けば自分のロッカーが空で、練習着を持たない手が軽すぎた。
「最後の大会、勝ちたかった?」
彼女が聞いた。
「当たり前」
「私は、終わってほしくなかった」
勝敗より先に出た言葉だった。
彼女はラインカーを止めた。
「勝ったら次がある。負けたらその日で終わる。マネージャーって、試合中ずっと終わる時間を見てるんだよ」
時計、氷の量、交代の準備。彼女はいつも残り時間を数えていた。
僕は白線の端を靴でならした。
「じゃあ、今は?」
「延長戦」
彼女は笑った。
後輩がグラウンドへ出てきた。新しい主将が「ラインありがとうございます」と頭を下げる。僕らは道具を渡し、ベンチへ下がった。
「明日から来ない?」
「来る」
即答だった。
「じゃあ、引くのやめよう」
「何するの」
「見るだけ」
翌日、二人で夕暮れのグラウンドを見た。後輩の引いた線は、やっぱり少し曲がっていた。彼女は口を出しかけ、我慢した。
白線は練習が終われば踏まれ、雨が降れば消える。それでも毎日、誰かが引き直す。
卒業とは、線の外へ出ることではなく、次の誰かが引くのを待てるようになることなのだと思った。
彼女の手のひらには、白い粉が薄く残っていた。洗えば落ちるのに、その日は校門まで払わずに歩いた。