夜勤者だけのプレイリスト

午前二時、隠岐谷玲の工場端末に、昼勤者には表示されない一曲が追加された。

〈夜勤効率化BGM〉

イントロはプレス機の下降音を八分音符へ揃え、ベルトコンベヤーの軋みをベースにしていた。会社支給のイヤホンを外すと機械音に戻り、装着すると甘い合成音声が重なる。

「手を止めないで」

玲の隣で働いていた同僚は、先月プレス機に腕を挟まれて死んだ。安全柵を開ければ機械は停止するはずだったが、会社は本人がセンサーを無効化したと発表した。同僚は事故前日、夜間だけ生産数が異常に増えると玲へ話していた。

Aメロのリズムは作業指示と完全に一致した。取る、置く、押す。休符はない。イヤホンから曲を聞く作業員たちは、無意識にテンポを上げていく。玲が非常停止へ手を伸ばすと、監督者が肩をつかんだ。納期に遅れれば全員の契約を切ると言う。

「手を止めないで」

二度目のフレーズがサビ前で反復され、プレス機の速度が上がった。玲は同僚の事故映像を思い出す。彼の右手は材料ではなく、胸ポケットの端末へ向かっていた。停止ボタンを押せなかったのではない。何かを記録しようとしていた。

サビに入った瞬間、曲の高音が安全センサーの周波数と重なった。緑のランプが点いたまま柵が開く。会社は音響信号でセンサーを欺き、深夜だけ法定速度を超えていたのだ。同僚の死は本人の違反ではなかった。

玲は機械から手を離した。代わりにスマートフォンを握り、映像配信を開始する。周囲の作業員も一人ずつ手を止め、同じ画面を外部組合へ送った。監督者が端末を奪おうとする。玲は送信ボタンからだけは指を離さなかった。

最後の一音で全機械が停止した。同僚が仕込んだ診断プログラムが、安全信号の偽装を記録とともに公開する。

イヤホンの声が、今度は作業のテンポから外れて鳴った。

「手を止めないで」

危険なラインで働き続けろという命令ではない。真実を撮り、送信し続けるその手だけは、止めるなという遺言だった。