夢喰い王の枕で姫を眠らせる

王女は三十日、一度も眠っていなかった。瞬きをするたび窓硝子が震え、眠気で意識が揺らぐだけで城壁の外に怪物の影が生まれる。侍女たちは交代できても、王女だけは休めなかった。

目を閉じると悪夢が城外へ実体化する呪いのせいだ。昨日は炎の鳥、今日は千本の黒槍。次に眠れば王都そのものが夢へ呑まれると、宰相は王女を薬で起こし続けていた。

眠り番オスカーは、城へ《静夜の枕》を持ち込んだ。夢喰い王との戦いでは剣を使わず、自分の最も恥ずかしい失敗の夢を餌にして王を眠らせ、その喉元へ封印札を貼った。

夢喰い王を初討伐した者だけが得る限定品。彼の《安眠指定ドロップ》によって、必要な効果は最初から分かっている。枕に触れた者の悪夢を、現実へ出る前に一つ残らず食べる。

「寝かせるなど反逆だ!」

宰相は枕を奪おうとした。

「王女殿下が眠れば呪いが完成する。私だけが調合できる覚醒薬を飲ませ続けろ」

王女の唇は乾き、指先は震えていた。それでも彼女は言う。

「私は、眠りたい」

オスカーはその意思だけを確かめ、玉座の脇へ寝台を置いた。枕へ王女の頭が触れる。

黒い霧が髪から噴き出し、城を覆おうとした。だが枕の中央が小さくへこみ、霧も、炎の鳥も、黒槍も、音を立てず吸い込んでいく。

王女の呼吸が深くなる。

一時間。三時間。夜が明けても、何も襲ってこない。城内では誰も大声を出さず、兵士も侍女も靴を脱いで歩いた。王女が眠っているという事実そのものが、祝祭になった。

代わりに枕の表面へ映ったのは、宰相が寝室へ忍び込み、悪夢の呪符を王女の髪へ結ぶ記憶だった。覚醒薬を売り、政務を代行し続けるため、彼が呪いを育てていたのだ。

衛兵が宰相を取り押さえる。

「枕の見せた幻だ!」と叫ぶ彼の懐から、同じ呪符と薬の売上帳が落ちた。

昼過ぎ、王女は自分で目を開けた。顔色は戻り、最初の命令も明瞭だった。

「宰相を罷免。覚醒薬の代金は民へ返還。そして今日の会議は中止」

彼女は毛布を肩まで引き上げる。

「あと二時間、眠る」

オスカーがカーテンを閉めると、枕の端に初めて金の刺繍が浮かんだ。

【夢喰い王限定SSR《静夜の枕》――王都規模の悪夢を完全消去、世界初安眠】