太鼓台の下の祭

 野分航平は、秋祭りの実行委員になって三年目だった。

 提灯の数、屋台の位置、太鼓の時刻。前日から町内会館を走り回り、昼食を取る暇もない。

 そんな準備の最中、神社の宮司が飼うコーギーの祭がいなくなった。

 祭は、子どもたちが飾りつけをする間、社務所の柱につながれていた。誰かが荷物を運ぶため金具を外し、そのまま戻し忘れたらしい。

 境内には人が多く、食べ物の匂いも音も入り混じっている。

「驚いて遠くへ行ったかもしれない」

 宮司の顔が青くなった。

 航平は準備を止め、実行委員へ捜索場所を割り振った。

 焼きそば屋は裏参道、綿菓子屋は公園、提灯係は川沿い。子どもたちは祭の写真を持ち、道行く人へ尋ねた。

 捜しながら、屋台同士で不足した延長コードや重石まで貸し借りされるようになった。昨日まで名前を知らなかった出店者同士が、犬の特徴を伝え合う。

 夕方、太鼓の試し打ちが始まった。

 どん、と一度鳴ると、境内の端から低い鳴き声が返った。

 航平は手を上げ、もう一度だけ叩いてもらう。

 どん。

 今度は、組み立て途中の太鼓台の下から、短い声がした。

 祭は赤い布の陰で丸くなっていた。

 人混みを避けて潜り込み、いつも聞いている太鼓の振動に安心して眠ってしまったらしい。宮司が這って手を伸ばすと、祭は腹ばいのまま尾だけ振った。

「捜してたんだぞ」

 抱き出されても、本人は寝起きの顔だった。

 皆が安堵し、祭の名を呼んだ。

 その声を合図にしたように、屋台の火が一つずつ点いた。航平は準備が遅れたと焦ったが、誰かが提灯を吊り、誰かが机を運び、予定より早く整っていく。

 捜索で一度混ざった人々は、もう担当の境目を気にしなかった。

 試食の豚汁が大鍋から配られた。

 里芋、牛蒡、味噌の湯気。航平は石段へ座り、ようやく一杯を食べた。祭は新しい二重リードをつけ、隣で宮司の膝へ顎をのせている。

「お前の祭りじゃないぞ」

 航平が言うと、犬は太鼓の音に合わせて耳を動かした。

 本番の夜、太鼓台の下には〈犬の昼寝場所につき荷物禁止〉と札が貼られた。

 提灯の明かり、炭火の匂い、豚汁の生姜。祭は社務所の前から町の人々を見守り、通るたび誰かに名を呼ばれた。

 迷子になった一匹のおかげで、祭りは始まる前から、もう皆のものになっていた。