始発のあとのモーニング

 安達原文乃と鳥羽瀬晶は、どちらも朝が苦手だった。

 それなのに土曜の午前六時、駅前のカフェで向かい合っていた。

 文乃が夜勤明け、晶がなぜか四時に目を覚ましたからだ。

「夜と朝、どっちの会?」

 晶が訊く。

「私には夕飯」

「店にはモーニング」

「じゃあ間を取って、朝食」

 文乃はトーストセット、晶はパンケーキを頼んだ。

 窓の外を、始発から降りた人々が歩く。

 制服の学生、新聞を抱えた人、旅行鞄を引く夫婦。

 二人はガラス越しに眺めながら、誰が一番早起きか勝手に想像した。

「黄色い鞄の人、釣り」

「パン屋」

「釣り竿ない」

「海で買う」

「釣り竿を?」

 寝不足の会話は、理由の途中でほどけた。

 トーストが運ばれる。

 四角いバターが中央でゆっくり溶け、焼けた小麦の香りが上がった。

 文乃は半分へ苺ジャムを塗り、もう半分はそのまま食べる。

 晶のパンケーキには、蜂蜜が細い糸になって落ちた。

「一口交換する?」

「朝から人の皿へ手を出す元気ない」

「幼馴染の権利」

「今、権利も寝てる」

 文乃は夜勤で嫌なことがあったらしく、途中まで話してやめた。

「もう眠いから、怒るのも明日にする」

「明日起きたら忘れてるかも」

「それが理想」

 晶は励まさず、蜂蜜の容器を渡した。

 文乃はジャムの上へ少しだけ蜂蜜を足した。

「甘すぎる」

「怒る体力、戻る?」

「眠る体力が戻る」

 七時を過ぎると、店内が混み始めた。

 二人は席を空けるべきか迷ったが、まだ珈琲が残っている。

 店員も急かさない。

 文乃は窓際へ頭を向け、数分だけ目を閉じた。

 晶は携帯を見ず、冷めていくパンケーキを小さく切った。

「寝た?」

「三駅分くらい」

「ここ、動いてないよ」

「夢で通勤した」

「休日なのに」

 二人で小さく笑った。

 会計を済ませると、朝の空はすっかり明るかった。

 文乃はこれから帰って眠り、晶はまだ何も予定がない。

「次は昼?」

「起きた時間による」

「じゃあ、また中途半端な時間に」

 駅前には珈琲と排気ガス、焼きたてのパンの匂いが混じっていた。

 二人は反対方向へ歩き、振り返らなかった。

 始発のあとの一時間は、夜にも朝にも属さず、寝不足の二人だけがだらりと座れる、やわらかな隙間だった。