子守歌のあとに残る口
孤児院の寝室で、子どもたちは目を開けたまま眠っていた。
窓の外から聞こえる歌が、夢の中で彼らを井戸へ歩かせている。夜番のドムは扉を押さえていたが、小さな手が何十本も内側から引き、蝶番が軋んでいた。
ペルナは寝台の間へ立った。耳の後ろには鰓、背には濡れた鱗。彼女の歌だけが、井戸の魔女の声を打ち消せる。
ただし一節歌うたび、使った言葉は彼女の口から永遠に失われる。言葉が尽きれば、人の口そのものが閉じ、完全な水棲の異形になる。
最初に、子どもたちの名前を歌った。
一人ずつ瞼が閉じる。代わりにペルナは、その名前を二度と言えなくなった。覚えてはいるのに、舌が形を作らない。
井戸の歌が強くなる。
「おいで。冷たい底に、お母さんがいる」
ペルナは「母はいない、ここに朝が来る」と歌い返した。
母、朝、来る。
三つの言葉が口から消えた。唇の色が薄くなり、舌の半分が鱗へ変わる。
子どもたちの足は止まったが、一番小さな少女だけが扉へ歩き続けた。亡くした母の声を、誰より強く覚えている。
ドムが抱き止めても、少女の身体は夢に引かれ、腕の中から滑っていく。
「何か歌ってくれ!」
ペルナは残った言葉を数えた。
愛している。ここにいる。ひとりにしない。
それはかつて、自分を海から拾った人間が教えた言葉だった。全部歌えば、もう約束を口にできない。
少女の指が扉の隙間から外へ出た。
ペルナは大きく息を吸った。
愛している。
ここにいる。
ひとりにしない。
歌は寝室を満たし、窓ガラスを震わせ、井戸まで届いた。外の声が途中で裂れ、水が逆流する音とともに消えた。
子どもたちは深い眠りへ落ちた。
ペルナの唇も同時に閉じた。皮膚が縫い合わされたようにつながり、鼻の穴が消え、首の鰓だけがゆっくり開閉する。
夜明け、ドムが彼女へ毛布をかけた。
「名前を教えてくれ。忘れたくない」
ペルナは曇った窓へ指を走らせた。
ぺ、と書いたところで、文字の形を忘れた。る、も、な、も、歌に使い尽くしている。
水滴は鱗の模様へ崩れた。
口のない異形は眠る子どもたちを見回し、言葉の代わりに鰓から小さな泡を一つ吐いた。それが彼女に残された、最後の子守歌だった。