字幕に残った声
《00:03 カメラ回ってる?》
《00:05 回ってる。斎木には音が聞こえないから平気》
映像作品コンクールの審査室で、字幕がスクリーン下部へ現れた。
斎木いぶきは聴覚障害があり、撮影中は音声を文字へ変えるタブレットを使う。笹原万智たちはそれを「会話が遅くなる」と嫌い、企画会議からいぶきだけ外した。
それでも作品の構成、絵コンテ、夜明けの駅を撮った映像は、ほとんどいぶきが作った。提出前日、共有フォルダから彼女の名前が消え、代表者は万智へ変わった。
「字幕を付けただけで監督気取り?」
抗議すると、万智はそう言った。
いぶきは、聞こえないことを隠す作品にはしなかった。ホームへ近づく列車をコップの水面で見せ、発車ベルを蛍光灯の明滅へ置き換えた。音を失った映像ではなく、音以外にも世界が満ちていると伝えるための映画だった。
審査会当日、いぶきは一般席に座った。壇上の万智は、作品のテーマを「声にならない思い」と説明し、手話を交えて拍手を受けた。
ところが本編終了後も画面は暗転しなかった。
審査用に提出されたのは、完成映像だけではない。盗用防止のため、撮影機材の原データと自動生成された音声記録も一緒に送られる。
《00:12 あの子、こっち見てる。口だけ笑っておけば分からないよ》
《00:18 編集データ、今日中に名前を変えよう》
《00:21 コンテは捨てていい。もう撮り終わったし》
万智たちの声が字幕になり、審査員席にも客席にも読める形で残っていた。
「これは切り取られた会話です」
万智が立ち上がる。
審査員はファイル情報を開いた。絵コンテの作成者、編集履歴、撮影指示はすべて斎木いぶき。万智の操作は、締切二時間前に作者名を変更した一件だけだった。
いぶきは、自分の端末から元の編集版を送った。そこには万智たちの姿を一度も入れず、音の代わりに光と振動で駅の朝を描いた、別の完成作品がある。
審査委員長が壇上の参加証を回収した。
「笹原さんのグループは、盗用と継続的な排除行為により失格」
次に、客席のいぶきへ手話を添えて告げた。
「斎木いぶきさんの作品を、個人部門の正式出品作として審査します」