宝船は出航できない
港町の水産会社を築いた鯨井波留は、三人の子へ〈宝船を一人に譲る〉と遺した。
長男の庄吾は会社の会議室で言った。
「宝船には金塊が積まれている」
次女の澄乃は資料を広げた。
「父は密かにマグロ漁の特別許可を取っていたのよ。許可そのものが宝」
末弟は声を落とした。
「海外口座へつながる船舶コードかも」
「父さんを急に国際犯罪者へするな」
「でも船の名簿に〈宝船〉がない」
「だから隠し船だ」
三人は取得後の使い道でも対立した。
「金塊なら会社の運転資金へ」
「個人遺産を会社へ入れるなら株をよこして」
「船なら観光事業にする」
「秘密の船を観光客へ公開するの?」
「秘密だから集客できる」
「公開した時点で秘密ではない」
三人は港中を朝から探した。大型冷凍船、遊漁船、倉庫の古い帳簿まで調べる。
「このコンテナ、封印されてる」
「金塊?」
「冷凍サバだ」
「相場が上がれば宝になる」
「魚を長期投資商品にするな」
港湾事務所の職員が、錆びた小舟を指した。
「あれが〈宝船〉ですよ」
「……あれ?」
「先代が若いころ使っていた一本釣り船です」
船体には、かすれた字で確かに〈宝船〉とある。長さ六メートル。エンジンは外され、底には雨水がたまっていた。
庄吾が船底を叩いた。
「二重底だ」
澄乃が目を輝かせる。
「隠し金庫?」
三人はバケツで水をかき出し、板を外した。
出てきたのは、古い航海日誌と父の手紙だった。
〈この船で最初の一万円を稼いだ。私にとっては、どの大型船より宝だ〉
一同はしばらく黙った。
末弟が咳払いする。
「思い出の価値は分けられない。ここは長男が」
「急に譲るな」と庄吾。
「会社創業の象徴なら社長が」
「社長は澄乃だ」
「私は経営資産と個人資産を分けたい」
三人が押しつけ合っていると、職員が封筒を差し出した。
「それと、係留料が十五年分未納です。船を動かすには修理費も」
「合計は?」
「概算で四百八十万円です」
三人は航海日誌を仲良く三等分した。
宝船だけは、誰も乗らなかった。