家族グループを抜ける前に
由良は家族のグループチャットを開いたまま、柾樹からの連絡を待っていた。
夕食の席で、両親に彼を紹介した。由良が自分から恋人候補を連れてきたのは初めてだった。母は新しい食器を出し、父は職業を聞くまでは機嫌よく酒を勧めていた。柾樹が映像照明の仕事をしていると知ると、父は「不安定な人との将来は認めない」と言った。柾樹が現場の事故を避けるため資格を取り続けていることも、忙しくても由良の帰宅を待って連絡することも、話題にはならなかった。柾樹は反論せず、由良を駅まで送って別れた。それから一時間、《帰った》の一言もない。
二十二時半、ファミリーレストランの閉店放送が流れた。由良が会計へ向かうと、入口の外に柾樹がいた。連絡せず戻ってきたらしい。
「家族だから、心配してるだけ」
「由良もそう思う?」
「家族だから」
「じゃあ俺は、何を言っても外の人?」
自動ドアは閉店処理で開かない。店員が鍵を開けるまで、二人は風除室に閉じ込められた。ガラス越しに両親からの通知が増えていく。柾樹の横顔にも、白い吹き出しが映り込んでいた。
《今すぐ帰りなさい》
《あの人とは終わりにしなさい》
由良が好きと言えない理由は、柾樹への不安ではなく、家族の期待を裏切る怖さだった。これまで進学も就職も、反対されない選択をしてきた。従えば守られる代わりに、失敗したとき自分のせいにしなくて済んだ。恋だけは、その逃げ道が使えない。
「私が離れた方が、柾樹は楽だよ」
「それを俺に決めさせないの?」
「傷つけたくない」
「もう、由良が俺を選ばない理由に使われてる」
店員が内側から鍵を回す。
由良は画面を見て、三度目の言葉を口にした。
「家族は大事。でも、家族だからって、私の返事まで決めさせない」
自動ドアが開いた。由良は家族グループの通知を一週間ミュートし、退出はしなかった。柾樹とのトーク画面を開き、《家に着くまで通話》を押す。
二人は別々の方向へ歩きながら、回線だけは切らなかった。