家賃を払う部屋

環は郵便受けから家賃更新の封筒を持ち帰り、玄関の床に置いた。更新料の数字は、封を開ける前からだいたい分かっている。

靴を脱ぎ、コンビニのそばを温めている間にSNSを見る。学生時代の友人が、新居の鍵を手にした写真を載せていた。〈ついに自分たちの家。これから少しずつ育てていきます〉。白い壁と広い窓、夫婦で選んだらしい木の床。

環の部屋は築二十八年、ワンルーム。窓を開けると隣の壁が近く、玄関からベッドが見える。家賃を何年払っても、自分のものにはならない。

そばのレンジが鳴った。ふたを開けると、つゆの匂いが部屋いっぱいに広がった。新居の写真には、まだ何の匂いも染みついていないように見えた。

環はコメント欄に「素敵」と書いた。本当に素敵だった。羨ましさも、本当にあった。

机の上で封筒を開ける。更新料と火災保険。合計を見て、そばの麺が少し伸びるまで動けなかった。貯金は増えたり減ったりを繰り返し、頭金という言葉は遠い国の通貨のようだった。

タイムラインには、住宅ローン、リノベーション、収納術の投稿が続いた。環は自分が二十代のうちに何を持つべきなのか、急に採点されている気がした。

ふと、部屋の壁に貼った小さなフックが目に入った。去年、自分で位置を決めて取り付けた。そこには毎朝使う布のバッグが掛かっている。窓辺のカーテンも、台所の狭い棚も、選んだのは環だった。

所有していなくても、ここで何度も風邪を治し、泣きながら夜を越し、休日の昼まで眠った。住所だけでは測れない量の自分が、この部屋には残っている。

更新料が高いことは変わらない。広くもならない。それでも、払うことをただの敗北にしなくてもいい。

環はそばをすすり、封筒の支払期限をカレンダーに書いた。将来の家ではなく、今夜帰ってきた場所を維持するためのお金だ。

写真の新居へもう一度ハートを押し、スマートフォンを伏せた。環は伸びた麺を最後まで食べた。自分のものではない部屋で、自分の夕食を終える。それで今日は十分だった。