密告者の握手

黒い砂糖袋が、喫茶店の丸卓に二つ並んだ。

「俺は、あんたにしか話さない」

情報屋の乾堂が右手を差し出す。前の人生と同じ台詞、同じ薄笑いだった。

捜査官の小暮玲司は、その手を握って非訴追契約を成立させた。乾堂は連続倉庫放火の犯人を教える代わりに、自分の過去の罪をすべて見逃せと求めたのだ。

だが教えられた犯人は替え玉だった。真の首謀者は乾堂。免責を得た彼は最後の倉庫を焼き、内部に保管されていた証拠ごと玲司の相棒を殺した。契約を結んだ玲司は捜査妨害で失職した。

留置場で目を閉じたはずが、コーヒーの湯気が再び目の前に立っていた。

乾堂の手は、まだ宙にある。

「握手が契約の合図だ。約束してくれたら、今夜の火事を止められる」

前回、玲司は時間がないと思って手を取った。

今回は砂糖袋を一つだけ持ち上げ、乾堂の掌へ置いた。

「握手はしない。証言調書に署名しろ」

乾堂の目が細くなる。

「融通の利かない奴だ。北港の十二番倉庫が燃えるぞ。中にいる女刑事も一緒にな」

玲司はカップを置いた。

まだ、相棒が十二番倉庫にいるとは誰も公表していない。配属変更を知るのは玲司と署長だけ。前の人生でも、乾堂は単に「人が死ぬ」としか言わなかった。焦って一歩、踏み込みすぎたのだ。

「なぜ女刑事だと知っている?」

乾堂の指が止まる。

「情報屋だからさ」

「なぜ十二番だと? 囮情報では十一番と流した」

店内の時計音が急に大きくなる。

玲司は黒い砂糖袋を破った。中から砂糖ではなく、赤い起爆用結晶が転がった。乾堂は毎回、二つの袋の片方だけを自分の側へ置く。その癖を、裁判記録で何度も見た。

「遠隔起爆器の予備核だな」

乾堂が立ち上がるより先に、隣席の客たちが警察手帳を見せた。玲司は前回の失敗を説明できない代わりに、会う場所を捜査本部指定の監視店へ変えていた――人生を変えたのではない。契約の席だけを、証拠が残る場所にした。

窓の外で特殊班の車両が北港へ走る。

乾堂は拘束されながら叫んだ。

「免責を寄越せ! 握手しただろ!」

「砂糖を渡しただけだ」

前の人生では二十一時、玲司の端末に《十二番倉庫全焼・殉職者一名》と届いた。

同じ時刻、端末が震える。

《起爆装置を解除。人質一名を無傷で保護》

乾堂は初めて、笑うのをやめた。