尻を切る生放送
地方ラジオ局で、葦名舞は新人歌手のマネジャーをしていた。生放送直前、副調整室からディレクターの声が飛んだ。
「二分押してる! ゲストの尻、切るぞ!」
舞は歌手を背後へかばった。
「何を切るんですか」
「尻。頭は生かす」
「頭は助けるのに、お尻は犠牲に?」
「CMがあるから仕方ない。三十秒落とす」
局員たちは残酷なほど冷静だった。
舞はスタジオのドアに鍵をかけた。
「この子に指一本触れさせません」
番組を聞いていた歌手の母からも電話が来た。
『今、尻を切るって聞こえたけど、どういう局なの!』
舞は「私が守っています」と答え、母は警察へ相談すると息巻いた。
ガラス越しにディレクターが怒鳴る。
「本番中だぞ! 開けろ!」
「尻を切る人は入れません!」
防音扉越しの叫びは完全には遮られず、放送には「尻を守れ」「三十秒落とせ」という断片だけが乗った。番組の投稿欄には《何の事件ですか》《新人歌手は無事ですか》とメールが殺到した。
司会者はマイクを切り、事情を尋ねた。
舞が説明すると、司会者は笑いをこらえながら言った。
「放送で尻を切るっていうのは、予定した話の最後を省いて時間内に終えることだよ」
「では三十秒落とすというのも?」
「放送しない部分を作るだけ」
「頭を生かすは?」
「冒頭は残す」
舞は少し安心したが、歌手が青ざめていた。
「私、最後に新曲の告知をする予定です。そこが尻ですよね」
ディレクターは時計を指した。
「そう。告知は切る」
「それは芸能生命を切られるのと同じです!」
今度は歌手本人がドアを押さえた。
司会者は即興で番組をまとめようとしたが、舞と歌手が専門用語の確認を一つずつ始めたため、さらに一分押した。
ついにディレクターが折れた。
「分かった。天気予報を十秒巻いて、告知を入れる!」
舞が気象予報士を見た。
「巻く?」
「早口にするだけです!」
鍵が開き、新曲告知は無事放送された。
番組終了後、ディレクターは椅子へ崩れ落ちた。
「今日は俺の寿命の尻が切れた」
舞は救急車を呼びかけた。