屋根の上のカレーパン

 翼人の旅商フェリンは、揚げたパンを信用していなかった。

「パンは空気を含ませて焼くものだ。油へ沈めれば、羽まで重くなる」

 駅裏のベーカリー店主は、紙袋から丸いカレーパンを一つ取り出した。

「飛ぶ前に、屋根で食べてみてください」

 フェリンは一年のほとんどを空路で過ごす。朝は北の塔、昼は湖都、夜は砂丘。どの町にも顔なじみはいるが、泊まる部屋には荷物をほどかない。次の予定がないと、翼が鈍る気がするのだ。

 店の低い屋根へ上がり、煙突の横に座った。カレーパンの表面には細かなパン粉が立ち、まだ油の熱を抱えている。

 一口かじると、衣がざくりと砕けた。内側のパンはもちっとして、その奥から熱いカレーが現れる。玉葱の甘さ、挽肉の旨味、香辛料の刺激。フェリンは慌てて口を離した。

「中身が飛び出すぞ」

「飛ぶ人に言われたくないですね」

 下から店主の声がする。

 少し冷まして二口目。今度はカレーの香りがよく分かった。外側は軽く、中は濃い。油で重くなると思ったのに、食べるほど体の中心が温まり、肩の力が抜けていく。

 屋根から町を見れば、いつも通過する駅前にも、洗濯物、夕飯の煙、帰宅する人の列がある。フェリンは次の便まで二時間しかないと思っていたが、予定表を開くと、実際には明日の昼まで何もなかった。自分で今夜の便を作ろうとしていただけだ。

「旅商が一晩同じ町にいたら、怠け者と思われるか」

「誰が数えるんです?」

「私だ」

「では、自分に休業札を出してください」

 フェリンは笑い、予定表へ大きく〈泊〉と書いた。宿を取り、翼の手入れをし、朝には焼きたてのパンを買う。それだけの予定だ。

 最後の一口は、カレーが端まで入っていた。辛さのあとに小麦の甘さが戻ってくる。

 煙突の煉瓦は昼の熱を残し、背中へ穏やかに伝えていた。

 夕風が吹くと、羽根のあいだから油と香辛料の匂いが立った。フェリンはすぐには飛び立たず、紙袋を膝へ置いたまま、町の灯りが一つずつ増えるのを眺めた。