山羊の鈴、溶けるチーズ

 塩見芹架は、花屋の配達を終えてから、郊外の小さな牧場へ戻った。

 牧場の式場へ飾った花を片づける仕事だった。昼は白い薔薇とユーカリで満ちていた会場が、夜には空の椅子だけになる。祝福のあとの静けさは嫌いではない。ただ、誰かの特別な日を整えた自分の一日は、いつも領収書と一緒に畳まれて終わる。

 スタッフ用の台所で、芹架は余った小さなじゃがいもを洗った。隣の柵では、子山羊のヨルが首の鈴を鳴らしている。昼間、花のリボンを齧ろうとして追い払われた問題児だ。

「今日は私も、行儀悪くする」

 ヨルがメエと鳴いた。

 じゃがいもを電子レンジで柔らかくし、フライパンでベーコンと一緒に焼く。表面へ焦げ目がついたら、牧場のラクレットチーズを厚くのせ、蓋をした。

 数分後、蓋を開けると、チーズは形を失い、じゃがいもの隙間へ白く流れ込んでいた。黒胡椒を振ると、乳の甘い香りに鋭い刺激が混ざる。

 芹架はフォークで一つ刺した。ほくほくの芋、塩気の強いベーコン、とろりと伸びるチーズ。口の中が熱く、噛むたび今日使った気遣いがほどけていく。

 新婦から最後に「花が思っていた以上でした」と言われた。芹架は笑って頭を下げたが、その言葉を忙しさの中へ置き忘れていた。

「以上、だって」

 柵越しにヨルへ言う。

 子山羊は干し草を噛みながら鈴を鳴らした。祝砲にしては、頼りない音だった。

 芹架は紙皿の端へ、片づけのとき拾ったユーカリの葉を一枚置いた。食べるものではない。ただ、今夜の自分のための飾りにした。

 誰かの記念日でなくても、食卓を整えていい。

 帰る前、ヨルの額を撫でると、指先を舐められた。チーズの匂いがしたのかもしれない。

 夜の牧場には草と土、溶けた乳の香りが漂っていた。芹架の腹の中にも、小さな祝宴の熱が残り、鈴の音と一緒に車までついてきた。

 車の窓を開けると、ユーカリの青い香りが助手席の紙袋から立った。チーズの濃さとはまるで違うのに、どちらも今日を形にしている。芹架は自分のためだけに、帰り道を少し遠回りした。