帰還を許さない門
最後の攻城獣が倒れ、ゼフィルの名が城門から一文字消えた。
門柱には守備兵の名が刻まれている。勝利すれば石壁が力を得る代わりに、勝者の存在が人々の暮らしから少しずつ削られる。それがこの城門の契約だった。
一勝目で酒場の席が彼を拒んだ。椅子に座ろうとすると脚が折れた。三勝目で兵舎の寝台が他人のものになった。七勝目には、幼なじみが彼との思い出をすべて忘れた。
十二勝した今、名は門柱に最初の一文字しか残っていない。
「ゼフィル!」
内側から母オルマが呼ぶ。彼女だけは毎晩、息子の名を紙へ百回書いて忘却に抗っていた。
城外には攻城獣の群れを操る黒い御者が残っている。御者を倒せば完全な勝利となり、門は百年閉じない。だが最後の文字が消える。
「戻れ」と母が叫ぶ。「町はもう助かった」
黒い御者が杖を上げる。死んだ獣たちの腹が膨らみ、毒の霧を吐こうとする。このままでは門内の子どもが先に死ぬ。
ゼフィルは走った。
御者の影へ剣を突き立てる。毒霧が彼を包み、皮膚が焼けた。御者の首を刎ねると、獣たちは土へ崩れた。
勝利。
門柱から最後の一文字が消える。
城門が開いた。避難民は外へ出て、英雄を探す。ゼフィルは門へ歩いた。
見えない壁が胸を押し返す。
「守られた家へ、忘れられた者は入れない」
門の声が告げた。
母が駆け寄る。手には名を書いた紙束がある。だがゼフィルを見た瞬間、顔から光が消えた。
「どちらさま」
紙には同じ文字が百回並んでいるのに、その音を彼女は読めなかった。
ゼフィルは名乗ろうとした。舌が動かない。自分の名は、人の住まいへ入る資格とともに身体から抜かれていた。
「敵は倒した」とだけ言う。
母は深く頭を下げた。「ありがとうございます、旅のお方」
門が閉じる。
夜になり、ゼフィルは外壁へ背を預けた。眠ろうとすると、足の裏が土へ沈む。朝には両脚が石の根となり、門柱とつながっていた。
城の誰も彼を知らなかったが、新しい門柱だけは侵入者が来るたび、名のない声で警告を発した。