広告費を止めた十七時

「倍にすれば勝てます。今日が最後の攻め時です」

広告代理店の担当者が、画面いっぱいの上昇グラフを示した。

午後四時五十九分。通販会社《ピコラ》の代表、飯島朔也は、前回と同じ黒い法人カードを手にしている。

一度目の人生で、朔也は売上の伸びを信じ、一千万円の追加広告を承認した。翌朝、注文の九割が偽アカウントと判明。代理店は架空クリックを自社の関連会社から購入し、広告費だけを吸い上げていた。カード決済と仕入代金が重なり、給与日の口座残高は不足。社員が去り、在庫を抱えたまま会社は破綻した。

その破産通知を開いた瞬間から、彼は承認ボタンの前へ戻っている。

隣室では、社員が初めての賞与を楽しみに発送作業をしていた。前回は残高不足を告げられず、給与日の朝まで笑ってしまった。その記憶があるから、画面上の派手な売上より、今ある現金の重さが分かる。

担当者が急かす。

「五時を過ぎたら枠が取れません」

朔也は法人カードを机へ置いた。

「取らなくていい。全広告を停止する」

「今止めたら成長が死にます」

「偽物を育てても会社は生きない」

朔也は管理画面ではなく、自社サーバーの注文記録を映した。広告経由の購入者は、住所の番地だけを変えた同一端末。滞在時間は全員二秒。しかも決済は発送直前に取り消される設定だ。

「これは不正じゃありません。最適化の過程で――」

「では、広告費の振込先があなたの兄の会社なのも最適化ですか」

事前に登記を確認していた朔也は、証拠一式をカード会社へ送る。承認待ちだった一千万円は凍結され、既払い分も調査対象になった。

午後五時。前の人生では利用枠超過の警告が赤く点滅した。

今度は画面に緑の文字が出た。

《追加決済取消――残高、給与支払額を上回っています》

担当者の端末だけが激しく鳴り始める。朔也の画面には、広告を止めた後も一件の注文が残った。

古くからの顧客による、定価での購入。

倉庫のプリンターが伝票を吐き出す。機械音は一度だけだったが、前の人生の一万件より確かな売上の音に聞こえた。