影が花壇を越えるまで
放課後、私は花壇の縁に座って、校舎の影がマリーゴールドを越えるのを待っていた。
理由は特にない。
少なくとも、誰かに説明できる理由はなかった。
委員長選挙に落ちた日だった。教室では当選した子を囲んで、役割分担の話が始まっている。拍手もしたし、おめでとうも言った。けれど鞄を持った瞬間、そこにいるのが急に苦しくなった。
花壇の土は昼の熱を残していた。
影はゆっくり伸びる。黄色い花を一列ずつ暗くしていく。
「何待ち?」
後ろから声がした。
同じクラスの、選挙で私に投票しなかったと公言した子だった。
「影」
「電車?」
「影がここまで来るの」
指で花壇の端を示す。
彼女は首を傾げたが、隣へ座った。
「落ち込んでる?」
「別に」
「私、別の人に入れた」
「知ってる」
「言わないほうがよかった?」
「投票だからいい」
「でも、演説は一番よかった」
「慰め?」
「感想」
彼女はマリーゴールドの枯れた花を一つ摘んだ。私は委員でもないのに「勝手に取らないで」と言った。
「種になる前だった?」
「たぶん」
「ごめん」
二人で花を見た。
花びらの根元に、小さな種らしきものが並んでいる。
「これ、植えたら咲く?」
「来年」
「委員長じゃなくても?」
「花は関係ないでしょ」
言ってから、少し笑った。
影は最後の一輪まで届いた。
待っていたはずなのに、何も起こらなかった。校舎が暗くなり、チャイムが鳴っただけだ。
彼女は摘んだ花を私の掌へ置いた。
「来年、植えよう」
「今の三年、卒業してる」
「じゃあ二年で」
「委員会違うよ」
「放課後なら誰でも来られる」
立ち上がると、制服のスカートに土がついていた。互いにはたき合い、教室へ鞄を取りに戻った。
当選した子はまだ黒板の前にいて、役割表を作っていた。
私は「何か手伝う?」と訊いた。
その年、委員長にはならなかった。
けれど翌春、花壇の隅にマリーゴールドの種をまいた。
選挙の結果よりはっきり覚えているのは、影が花壇を越えるまで何も励まさず、ただ隣で待ってくれた人の横顔だった。