戻らない庁用車

庁用車八十二号は、車庫を出ていないのに四十七分ぶん古くなっていた。

秋庭怜司監察官は、地下車庫で呉羽恭平車両係長と向かい合った。半年前、警察の汚職を証言する予定だった運送会社員が失踪した夜、黒い覆面車が自宅前で目撃されている。八十二号に似ていたが、運行日誌もGPSも「終日車庫」と記録していた。

怜司はタイヤの空気圧センサーを読み取った。車体のGPSは切られても、センサーは起動するたび整備用受信機へ時刻を送る。午前一時十二分、県警車庫。午前一時三十一分、湾岸料金所の整備局。午前一時五十九分、再び県警車庫。

「車は出ています」

呉羽は首を振った。

「受信機の誤認だ」

「鍵の履歴も同じ時刻です。管理鍵ではなく、警務部長用の予備キー」

車内は洗浄されていた。だが助手席の下から、細い梱包ひもが一本見つかった。失踪者の会社が使う、黒と黄色の撚りひもだった。後部座席の固定金具には、洗剤でも落ちない爪のような傷が五本並んでいた。

呉羽はシャッターを下ろした。地下車庫が薄暗くなる。

「俺が日誌を直した」

「誰が乗ったんです」

「知らない。予備キーを渡せと言われた。戻った車を洗え、走行距離を補正しろ、と」

「命令者は?」

呉羽は天井の監視カメラを見た。

「言えば、車両係全員が共犯になる。俺たちは捜査を知らず、上の命令で車を出す。そこまで犯罪にされたら、誰も鍵を渡せなくなる」

内線が鳴った。監察室から、検証終了の指示だった。八十二号は今夜、廃車業者へ搬出される。

怜司はセンサー履歴を携帯端末へ移そうとした。画面に警告が出る。

――機密車両情報。複製は服務違反。

呉羽が言った。

「報告書には、車庫内の誤作動と書け。証人が生きている証拠でもない」

怜司は複製を中止しなかった。書換不能の記録媒体へ履歴、鍵番号、ひもの写真を保存する。完了と同時に、自分の端末権限が停止された。

彼は暗くなった画面を伏せ、記録媒体を証拠保管庫の投入口へ差し込んだ。