抜かなかった草
園芸部最後の日、花壇の中央に雑草が一本残っていた。
朝芽は移植ごてを差し込んだ。
「待って」
晴臣が手首をつかむ。
「それ、抜かないで」
「何で」
「まだ種類がわからない」
「雑草」
「雑草は名前じゃない」
「園芸部員が一番言いがちなやつ」
その草は、秋に芽を出した。
植えた覚えはない。細い葉が地面へ張りつくだけで、花も咲かない。朝芽は毎週抜こうとし、晴臣は毎週「来週まで観察」と札を立て直した。
冬を越え、三年生の引退日になっても、正体は不明だった。
花壇は後輩へ渡すため、きれいに整えた。枯れた茎を切り、パンジーの間隔を直し、名札を書き換える。中央の一本だけが、完成した花壇に似合わない。
「引き継ぎ事項に雑草って書くの?」
「未同定植物」
「格好つけても雑草」
「種をまいたの、朝芽かもしれない」
「私?」
「一年のとき、種袋ひっくり返した」
「あれ全部拾った」
「拾えてない一粒が三年かけて出たとか」
「発芽、遅すぎ」
晴臣はしゃがみ込み、葉を指でよけた。
根元に、小さな蕾があった。米粒より小さい、固い緑。
「ほら」
「花とは限らない」
「来週にはわかる」
「私たち来週いないけど」
二人とも黙った。
三年間、植物は待ってくれなかった。
文化祭の前日に台風で倒れ、試験中に水切れし、長期休みには勝手に伸びた。大事な日に咲かず、見ていない朝に満開になった。
それでも朝芽は、最後くらい結果を見たかった。
「抜いて持って帰る?」
自分で言って、ひどい案だと思った。
晴臣は首を振る。
「ここで育ったんだから、ここで咲く」
「名前わからないまま?」
「後輩が調べる」
「間違って抜くかも」
「じゃあ札を立てよう」
新しい木札に、朝芽が油性ペンで書いた。
――雑草ではありません。たぶん。
晴臣がその下へ付け足す。
――咲いたら、三年生へ写真を送ること。
「命令?」
「引き継ぎ」
「連絡先、知らない後輩もいる」
「部の共有アカウント」
「抜け目ないな」
最後に水をやった。
じょうろの雨を受け、名もない葉が土へ伏せ、また起き上がる。何色の花かはまだわからない。
校門へ向かう途中、朝芽は一度だけ振り返った。
「咲かなかったら?」
晴臣は前を向いたまま答えた。
「それも報告してもらう」
結果の出ない観察を、誰かへ渡して終わる。
それが最後の部活動として、朝芽には妙に正しい気がした。