探偵は夫のふりをする

探偵の荻町玄理は、依頼人の女性から黒い背広を渡された。

「今夜だけ夫のふりをして、実家の食事会へ」

「ご家族には結婚したと?」

「勢いで。仕事は探偵と言わないで」

「なぜ」

「父が堅い人だから」

実家は老舗の葬儀社だった。

父は玄理を見て低く言う。

「娘を棺へ入るまで守れるか」

玄理は思った。比喩にしては物騒だ。

「必要なら命を懸けます」

母がうなずく。

「最後はきれいに送ってあげて」

「最後?」

兄も口を挟む。

「骨は俺たちが拾う」

玄理は椅子の下で録音機を回した。

食卓には黒豆、白い饅頭、精進料理が並ぶ。

父が尋ねる。

「仕事は何を」

「人の秘密を調べます」

依頼人が咳をする。

「調査会社です」

父は目を細める。

「口は堅いか」

「依頼人が墓へ持っていく話も」

「墓はうちの提携先が」

玄理は確信した。これは普通の家族ではなく、裏社会の処理屋だ。

兄が酒を注ぐ。

「妹を泣かせたら、すぐ迎えに行く」

「どこへ?」

「自宅だ」

「その後は?」

「話し合う」

「話し合いで済みますか」

「棺のサイズ次第だな」

父が笑う。

玄理は笑えなかった。

彼は覚悟を決めて立ち上がる。

「私も正体を隠していました。探偵です」

家族が静まる。

「皆さんの会話は録音しました。娘さんに危害を加えるなら」

父は眉をひそめた。

「葬儀屋が棺や墓の話をして何が悪い」

玄理は店の看板を見ていなかったことに気づいた。

母が名刺を差し出す。

〈荻生葬祭 ご家族の最後まで〉

依頼人は顔を覆った。

「だから仕事は言わないでって。父、探偵ドラマが大好きだから」

父の目が輝いた。

「本物の探偵か! 浮気調査も?」

「ええ」

「娘との結婚は偽物?」

玄理は答えに詰まる。

父は録音機を指した。

「では今夜の依頼料を払おう。娘がなぜ嘘をついたか調べてくれ」

調査結果は一行だった。

〈親へ見栄を張ったため〉

父はさらに身を乗り出した。

「次は、娘が本当に好きな男を調べてくれ」

依頼人が玄理を指す。

「今、目の前にいるかも」

玄理は録音機を止めた。

「その調査は、追加料金が高くなります」

「成功報酬は結婚式だ」と父。

「葬儀社らしくない報酬ですね」

「うちは人生の節目なら何でも祝う」

夫役は解雇され、探偵だけが正式採用された。